第41話 亡者の決意

 帰りはどうやって帰ったのか、ろくすっぽおぼえてない。


 素直に自転車こいで帰ったのか。

 とぼとぼ自転車引きずって帰ったのか。

 ずるずる自転車に引きずられて帰ったのか。


 しょせん俺は、亡者属性の転生徒、もうはじめ

 どんなにしょっぱい雨の記憶も、浴びたはなから白骨化した長髪が乾かしてしまう。


 いつのまにやら、かい学園からそう遠くないせんしきを歩いていた。

 どこからか、鼻先をくすぐるつゆの匂がした。


 河川敷に、


 悪天候の視界の先で、蕎麦の屋台がぼんやりと明かりを灯していて。

 狭い客席には、すでに2人の男女がふく姿で居座っていた。

 何とまあ、ふうぞう学園長と、食堂のオネーさんことふうだった。


「よう、あいかわらず目が腐っとるな、もうはじめ

「ニャッハハー、ぐうだねえ」


 冗談きついぜ。

 腹が鳴った。



「まあ1杯食え。その分じゃ、だいたいの話はユーシヤから聞いたらしいな」


「……はあ、まあ。ズズズル」


「どうどう? 思いがけないカミングアウトで2人の仲が急展開しちゃった? ニャッハハー」


「……あいつと俺は別にそんなんじゃないですよ。ズルズズズ」


 火葬場でユーシヤから聞いた話が本当なら、俺は異世界出身のドワーフとエルフにはさまれてをすすっているわけなのだった。


 奇妙といえば奇妙だ。

 どうも現実味というものが欠けている。

 はじめて屋台で食う蕎麦は、それでもうまいが。

 ちなみに、温玉と納豆をトッピングした、ネバトロな仕上がりの月見納豆蕎麦である。


「とまどうのも無理ないとワシも思うがな。どうだ、信じられそうか? ユーシヤの話を」


「……信じるも信じないも、ズズズル。話のスケールがデカすぎて突っ込む気も起きませんでしたね、ズルズズズ」


「ニャフフ、照れを隠しつつも、遠回しに『あの子のすべては俺が受けとめる』的な発言とは、にくいねー少年」


「……何をどう聞き間違ったんですか? ズズズル。耳の悪いエルフとか、聞いたことないんですけど。ズルズズズ」


「ガハハハッ、ちげえねえ」


 たいして面白くもない俺の返しにふうぞうは豪快に笑って黒のネクタイをゆるめ、ふうは黒いベレー帽とベールの下でたのしげにウインクする。

 そんなしぐさを見ていると、異世界人とかどうとか以前に、この人たちは大人なんだな、とふと思った。


 俺なんてほんのガキだ。

 普通の青春すらままならない。

 どこの世界もきっと、ガキにはわからないことで満ちているのだ。


「ズルズズ。あの……目星はついてるんですか? ズルズ、ユーシヤの親父さんを殺した犯人の?」


「フン、ワシらにも微妙なとこだな。神か悪魔か、はたまたそれ以外の何者かの所業か? 少なくとも確証はまだない。警察はもちろん、そこにいるエルフの超感覚知覚スキルですらほとんど何もつかめとらんからな」


「このフーカちゃんを煙に巻くたぁたいしたやろーだ、ニャッハハー」


「……そうですか。ズズズル……」


 気付けば、も残り少なくなって。

 少し迷ってから、俺はシメの質問をした。


「……それで、どんな人だったんですか? かいひで、いや、勇者ヒデオって」


 2人の大人は、いろんな話を聞かせてくれた。

 胸おどる冒険。

 手に汗にぎる英雄譚。

 甘くかぐわしい恋愛悲喜劇。

 世界を越えて紡がれた愛。

 彼らが見た、勇気の光。

 それは、《聖剣》の物語。


 話しているあいだ、2人の異世界人は何度も笑った。

 その目には、たぶん、涙が浮かんでいた。



        ♢



 なんだかんだで俺はもう1杯蕎麦をごちそうになり、おごってもらった礼を言ってドワーフとエルフと別れた。


 河川敷の雨はもう上がっていたけど、分厚い曇り空の向こうで日はすでに落ちてしまったのかもしれなかった。

 さっぱり止めた覚えのない自転車が、川岸へ転がっていた。

 今日はこのまま置かせてもらい、明日の朝早く回収しに来よう。

 歩きたい気分だった。


 家路は暗い。

 もしや1歩1歩進むごとに、世界はどんどん暗くなっていくんだろうか。

 推測だが、その可能性は大いにある。


 本当はもうひとつ、質問したいことがあった。


 ――俺はあいつに、かいユーシヤに何をしてやれるんでしょうか?


 でもその問いを、俺は最後のつゆといっしょに飲み込んだ。

 おそらくその答えは、俺自身が自力で見つけなくちゃいけないものだからだ。


 俺はもう

 亡者属性の転生徒。

 考えあぐねる白骨化した長髪は、暗闇にヌボッと浮かぶ。


 


 それでも、腐った白目をひんむいて、歩け。

 どうせ転んだって、痛みはないんだ。







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