第40話 ヒロインは告白する 《後編》
幼い日のユーシヤは、あるとき、公園の砂場で近所の子供たちにひどくからかわれたという。
『げぇっ、こいつ、へんな髪。なんで青いの? きもちわる』
『おでこにもなんか書いてあるぜ』
『名まえもへんだよな。
『ゲームじゃないんだから、勇者なんているわけねえじゃん。ほんとうに勇者なら証拠みせろよ、ショーコ』
悔しさと悲しさと恥ずかしさで、幼いユーシヤの胸はいっぱいになり。
『ウソじゃないよ。勇者はいるもん。勇気の光は、ここにあるんだもんっ』
わけもわからずそうさけんだとたん、気付いたらその手に《聖剣》は
……いまはからっぽの左手を雨にさらして、なつかしげにユーシヤはつぶやく。
「――アッハハ。まわりの子供たちは逃げ出しちゃうし、その日はもうびっくりしてね、慌てて聖剣をひっこめて、ボクも家へ帰ってわんわん泣いたよ。……パパにしがみついてさ」
泣きじゃくる娘をひとしきり抱きしめて落ち着かせた後で、親父さんである
『よし、そんなキミにプレゼントだ。ちょっと目を閉じててくれるかい?』
何かフワリとした感触が、幼いユーシヤの肩を包んだ。
『もういいよ、目を開けて見てごらん』
瞳を染め上げる、鮮やかな青いマントだった。
『その青マントは特別なアイテムなんだ。勇者だけが、身につけることを許される。ユーシヤが今日だした聖剣もそうだね。聖なる剣は、勇気の光。聖剣とは、勇気が光り輝いて剣のかたちをなす、勇者固有の最強武器。聖剣をだせたってことは、ユーシヤは
ユーシヤの青い髪をなで、
『だからお祝いに、その青マントをあげよう。ハハハ、まだ少し大きいかな。その昔、パパもそいつをまとって冒険をしたもんさ。勇者になって、悪い魔王とも戦った。いろんな街を見た。いろんな人の話を聞いた。尊い仲間を得ることもできた。そんな旅の間ずっと、青のマントはパパの宝物だった。素敵な思い出がいっぱいありすぎて、とてもすべてを語り切れないけれどね。なんと言っても、そいつがなきゃママとも出会えなかったし、ユーシヤも生まれなかった』
『ママは死んじゃったんでしょう?』
幼いユーシヤの問いかけにほほ笑むと、
『……そうだね、ママはとても遠くにいる。でもきっと、パパと同じ気持ちなんじゃないかな。だからママの分も一緒に、心からの言葉を』
あたたかい
あたたかく強く、そしてやさしく。
小さな体がきしんでしまうくらいに。
『ありがとう、ユーシヤ。勇気をもって、この世界に生まれてきてくれて。お前はママとパパの光だ。勇気の光そのものだよ。きっと、最高の勇者になる――』
♢
「バカみたいだけどさ、パパにそう言われると……なぜか本当になれそうな気がしたんだ、勇者に。そう、ゲームや物語の主人公みたいに。だからあの日から、ボクはこの名前に恥じない勇気を持って生きようと誓った。――勇者になろうって」
貯水池のほとり。
雨は、まだ降っている。
「でも、パパが死んで……思い知った。本当のボクは…………勇者なんかじゃなかったんだ。その証拠がこれさ、聖なる
気合むなしく、ユーシヤの左手は雨にさらされたまま、どんな光も生みださなかった。
「――なんでかな、だせないんだ、聖剣を……。おかしいよね? 勇者属性のくせに。いまのボクには、勇気なんてかけらもないんだ。実際はただ
眺める池の波紋が、また別の波紋を呼ぶ。
「ボクはきっと、勇者にはなれない。転生徒でもない。たしかなのは、どの世界ともまじりあえない混血の異物だってことだけ。誰とも違う自分なんて、そんなの願ったわけじゃないのに。異世界人と転生者のハーフ、あちらとこちら、裏と表、
ガジッと、唇をかむ音がした。
ジワリと、血がにじむくらいに。
「――だから何もかもから目をそむけて、ボクはみんなと同じ転生徒のふりをしてきたんだ……。そんな自分が、嫌い。
何を言えるでもないときに、俺、
陰キャってのは、空気の読めなさには定評がある。
「……まあ、なんだ、そんなに思いつめんなって。これが世界の終わりってんじゃねーだろ」
「――世界のことなんて何も知らないくせに!」
「……」
「知らない……だろう? ボクと君とは……違う世界に……いるんだ」
「…………」
「――………ごめん。今日のことは忘れて」
雨はけっきょく、最後まで止まなかった。
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