第32話 挑め、中間考査!! vol.4

「う、うぐっ、マズイよう、くっ、苦しいよう。でも、記憶が喰いたくてたまらないよう――」


 図書室に到着するやいなや、俺たち転生徒会パーティーを待っていたのは騒然とした光景だった。


 悲鳴をあげて逃げまどう一般生徒たちのただ中で、ひとりの男子生徒が腕いっぱいに本を抱えて立っている。

 信じられないことに、そいつは苦しそうに泣きもだえながら本のページをむしり取り、自分の口に押し込んで喰っていた。


「ま、マズイよう、う、うぐっ、くっ、苦しいよう。でも記憶が、きっ、記憶が喰いたくてたまらないんだよう――モググ」


 壊れたようにそうごとをつぶやき、男子生徒はなおも泣きながら必死の表情で本のページをむしり喰らう。

 おまけにその腰からは、かぎのとがったしっが生えていて。

 どう見ても、じんじょうではない様子だ。


「ッケケ、このタイミングで記憶記憶というからには、どうやら私たち転生徒パーティーの消えた記憶と関係ありありな人物のようでケスね。しかもあの尻尾……もしや、転生徒なのでケしょうか?」


「あの人、とっても苦しそうどす。ねえ、もうはん?」


「ええ、そうっすね。記憶を喰うだのなんだの……とにかく、俺としてもちゃんと話を聞いてみてえが」


「ボクらで助けよう、彼を――」 


 あまりの光景にさすがに動揺を隠せないりん先生、あん先輩、俺を尻目に、かいユーシヤが青のマントをはためかせて1歩前に出る。


「あの彼に、ボクは会ったことあるんだ。いせコンの会場で、ボクに声をかけてくれた人だよ。たしか尻尾はなかったはずだけど、もしかしたらりん先生の言うように、何かの事情で転生徒になったのかもしれない。それなら――」


 青髪碧眼(おでこに《勇》の紋章入り)の勇者属性少女が、俺たちを振り返る。

「――それなら、ボクは彼を助けたい。ねえみんな、力を貸してくれないか?」


 ……やれやれ、まったく。

 毎回思うが、くったくなく小首を傾げるお前のそのゆうかんぼうな笑顔は、ちょっとばかしズルいぜ、ユーシヤ?

 ほら、みんな断れなくなっちまうだろうが。


「ッケケ、ともかくあの男子生徒の暴食を止める。話を聞くのはそれからでケスね」


「はあ、うちにも何かお手伝いできますやろか、もうはん?」


「ありゃ相当ろくでもないもんを喰いためてそうですからね。まずは吐きださせて楽にしてやらねえと。……はて、吐きだすと言えば……! あん先輩、ちょっと折り入って頼みたいことが!」


 俺たちのやりとりを聞いて、ユーシヤはもうすでに次の展開が見えたらしい。

 覚悟を決めたように、例のセリフで《聖剣》を顕現させた。


「いっくよん、聖なるつるぎは勇気の光――はぁぁぁっっっ!」 


 雷光のようにほとばしる青い剣を手に、こう続ける。


もう、そっちの手はずがすんだら、ボクに合図をくれないか。《聖剣》が教えてるんだ、あの彼には何か邪悪なものがりついてるって。最後はボクがこの《聖剣》で、その邪悪を払う!」


「あいよ! こっちも準備万端だ。じゃあちょっくらこのお抹茶持って行ってきますね、あん先輩」


「はあ、おきばりやす」


 いつも茶道具を隠し持つあん先輩に急遽お願いし、たったいまお抹茶をててもらった。

 たっぷりお抹茶の入ったまっちゃわんを片手に、俺は件の男子生徒へとズカズカ近付いていく。

 泣きながら本のページをむさぼり喰らう、そいつへと。


「う、うぐっ、く、来るなっ! あ、あっちいけよ!」


 男子生徒が抱える本の1冊を投げつけてくるが、あいにく俺は痛みを感じない。

 こちとら亡者属性の転生徒。スキルは《無痛覚》なんでね。

 すぐそばまで歩み寄ると、俺はうむを言わさずそいつにお抹茶を飲ませてこう言った。


「さあ、おあがりやす!」


 ゴブゴブと口からあん先輩のお抹茶を、すなわち《暗黒物質ダークマター》をそそぎ込まれ、一瞬の後、男子生徒が口の中のものを盛大に吐きだしはじめる。

 膝を折り、腕をついて、体の中にため込んだすべてを洗いざらいに吐く。


 さすがは《暗黒物質ダークマター》。

 効果はテキメン。

 あん先輩には後で、お抹茶には聖水と同じ浄化効果があったとかなんとか適当に説明しておこう。

 男子生徒がすべてを吐き切ったのを見て、俺はユーシヤに合図を送る。


「ユーシヤ、後は頼むぜ!」


「よしきた! さあいま一度――。いっくよん、聖なるつるぎは勇気の光――はぁぁぁっっっ!」


 かいユーシヤが《聖剣》を、まるでおはらい棒のように振りかざす。

 するとその青い輝きを浴びてまもなく、男子生徒から苦悶の表情とかぎのとがった尻尾が消えた。

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