第31話 モブ、あるいは悪魔の視点Ⅳ

(……ど、どうしよう。ぼ、僕はなんてことをし、してしまったんだ……)


 デーモン属性の転生徒、もんは自室に閉じこもって苦悩した。


 忘れ妖魔インプを自分にひょうさせて、かいユーシヤの余分な記憶を喰らう。

 そうすれば彼女の脳に空きが生まれ、テスト勉強を助けてあげられる。

 ただそれだけのはずだったのに。


 最後の最後で、我慢ができなくなった。

 もっと記憶を喰いたくて、たまらなくなった。

 わき起こる衝動を抑えられず。

 

 えたいの知れない感に操られるように、試験範囲に関わるかいユーシヤさんの新鮮な記憶までをも、彼女の青髪に手をかざし喰らってしまった。けして手をつけてはいけないはずの記憶を。

 あげく、ほかの転生徒たち全員の頭にも手をかざし、試験範囲の新鮮な記憶をむさぼり喰らった。


 満腹感とともにハッと我にかえったときはもう遅かった。

 自分がしでかしてしまったことにせんりつし、大慌てで場を後にした。


「ね、ねえ、魔導書グリーモザ! ぼ、僕はいったい、ど、どうなってしまったんだい?」


 そして、薄暗いその部屋で。

 壁際の本棚に飾られた1冊の分厚い書物――魔導書グリーモザが、脳へ直接響くような黒い声でもんをたか笑う。


『そりゃお前、忘れ妖魔インプひょうされてるに決まってんだろ。お前のスキルは《悪魔ひょう》。だがどうやら、まだまだ力を使いこなせる器じゃなかったらしいな。忘れインプに魂を乗っ取られちまうのも時間の問題だぜ。じきに、記憶を喰らい続けなきゃ生きてられなくなるだろうよ。おい、言ってるそばから、もうそろそろ次の記憶が喰いたくてたまらなくなってきたんじゃねえか? ヒャッヒャッヒャ』


 魔導書の表紙に浮かぶろくぼうせいが、意地悪いほほ笑みのように歪んだ。


(そ、そんな……。こ、このままじゃ僕は、手あたりしだいに人々の記憶を喰らいつくしてしまう。あ、悪魔に、忘れインプになってしまう……。どうしよう、ど、どうすればいい――)



        ♢



 とり乱し、うろたえて。

 わき続ける飢餓感と絶望感にめまいを覚えながら、もんがとっさに行き着いた場所。


 それは、学校の図書室だった。


 しょに並ぶ種々雑多な本。

 これらはいわば、人間の記憶そのものにほかならないはずだ。

  

 誰かの記憶を奪い喰らってしまう前に、書物に宿る記憶を食べて飢えを満たせばいい。

 あせる意識のなかで必死にそう考えた。


 本に手をかざすと、人の頭に手をかざすときと同じように、そこに眠る記憶を喰らうことができた。

 記憶は霧状のすじとなって彼の手の中へ、そして身内へと流れ込んでくる。

 それはまさに、喰らうという表現がピッタリな感覚だ。

 胃が熱くなり、わずかにだが腹が満たされていく気がする。


 でも、もう足りない。


 記憶の霧を喰らうのももどかしく、もんはついに書物のページをビリビリとむしり取って口に運びはじめる。


 魔導書グリーモザが言っていた通り、書物に眠る古い記憶は新鮮な記憶とは比べ物にならないほどマズかった。

 あまりにマズくて、何度も吐きそうになる。 

 でも食べずにはいられない。


「う、うぐっ、マズイよう、くっ、苦しいよう。でも、記憶が喰いたくてたまらないよう――」

 涙と吐き気にむせ返りながら、むしり取ったページを口に押し込んでいく。



『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』 


 いつのまにか、彼の存在に気付いた女子生徒が図書室の外まで響きわたる大きな悲鳴をあげたが、その姿はもうもんの視界には入らない。

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