第29話 モブ、あるいは悪魔の視点Ⅲ
(ほ、本当にこれで《悪魔
デーモン属性の転生徒になった
いま室内では、
ときおりにぎやかな話し声が、彼のしゃがみ込む外廊下まで聞こえてくる。
自室の本棚に置いてきたあのしゃべる魔導書グリーモザによれば、
『忘れインプってのは一種の上位睡魔でな、睡眠魔法で人を眠らせているあいだにその記憶を喰っちまうのよ。お前が忘れインプを自分に
昨夜、魔導書グリーモザはそうたか笑い、なおこう続けた。
『どんな記憶を喰やいいかって? そりゃ、テスト勉強以外のなるべく新鮮な記憶だろうな。古い記憶はクソまずい。前日に見た夢の内容とか、今朝シャワーを何時に浴びたかとか、そういうどうでもいい記憶を喰ってりゃまずバレねえさ。睡眠魔法で眠らせて、かるく娘の頭に手をかざしゃ、ものの数秒でサクッと喰えちまうだろうよ、ヒャッヒャッヒャ』
「で、でも、目の前で睡眠魔法を使ったりしたら、は、犯人が僕だって、わ、わかっちゃうじゃないか」
『アホか、
――とにかくいまは、魔導書グリーモザの言葉を信じるしかない。
こうして実際、転生徒会室のドアの前まで来てしまったんだから。
すべては、あの
彼女のテスト勉強が、少しでもはかどるようにしてあげるために。
募る想いと決意を胸に、
(ね・む・れ)
…………。
するととたんに、転生徒会室に完全な沈黙が訪れる。
奇妙なまでの静寂。
いや、かすかに何人かの寝息が聞こえるか。
そっと慎重にドアを開けると、睡眠魔法の効果があらわになった。
だが驚いている暇はない。
なるべくわずかな時間で
魔導書グリーモザの言った通り、本当にそれだけで、
眠りこける
それはまさに、喰らうという表現がピッタリな感覚だった。
胃があたたかくなり、腹が満たされていく気さえした。
せつなの
睡眠魔法の解き方を魔導書グリーモザにうっかり聞きそびれていたが、閉めたドア越しに青ざめながら(お・き・ろ)と念じるとどうにかうまくいった。
冷や汗で背中をぐっしょりと濡らしながら、ひとしれず
♢
それからテスト本番まで、土日をはさみ平日は同じことを毎日くり返した。
忘れインプをおのれに
ただ――。
いよいよ中間考査を翌日に控えたその放課後だけは、いささか予想外のことが起こった……。
いつものように睡眠魔法で転生徒たちを眠らせ、
そして自分の存在がバレぬよう、早々に退散する。
それが手順だ。
しかしどういうわけか、最後の最後になって
もっと記憶を喰いたくなったのだ。
一刻も早くその場を離れなくてはならないのに、彼は湧き起こる衝動を抑えられない。
えたいの知れない
それは、彼が手をつけてはいけないはずの記憶だ。
さらにはほかの転生徒たち全員の頭にも手をかざし、試験範囲の新鮮な記憶をむさぼり喰らう。
満腹感とともにハッと我にかえると、
閉めた転生徒会室のドア越しに(お・き・ろ)と念じるとき、彼は絶望のあまりさけびだしたい気分だった……。
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