第24話 モブ、あるいは悪魔の視点

 ミスさかい・水着美少女コンテスト、通称いせコン。


 その会場となったさかいレジャーランドを後にして、いまひとりの高校生男子が敷地外へと歩いていく。


 名を、もんという。

 かい学園に通う3年生で、外見も経歴もさして特筆すべきもののない彼は、ひと言でいえばモブ系の影が薄い男子生徒。


 大それた青春幻想や人生目標は持たず、趣味のアイドル撮影と推し活に没頭できるささやかな幸せの時間があれば、それ以上毎日に望むものはないという、つつましいモブ庶民だ。


 しかし今日、もんはいつになく興奮していた。

 やや震えの残る手で、首から下げたデジタル一眼レフカメラの撮影データをしきりに確認する。


 小型ディスプレイに映り込んでいるのは、青マントの下にはつらつとしたオーシャンブルーのビキニを身につけて凛とたたずむ美少女。

 撮影と握手の願い出にこころよく応じてくれた、青髪碧眼の女の子。


「……い、かいユーシヤさんかあ、……か、可愛かったなあ……」


 おでこに《勇》の紋章を持つ彼女は、勇者属性の転生徒だという。


 アイドル以外の世事にまったくとんちゃくもんは、これまで転生徒という存在をわざわざ気にかけたことがなかった。

 世の多くの人たちのようには転生徒への敵意や偏見を抱いていないが、また興味もない。どうでもよかったのだ。


 だがさっきの一瞬で、すべてが変わってしまった。

 恋してしまったのだ。

 あの、かいユーシヤという勇者属性の転生徒女子に。


「……い、いままで追いかけてきたどんなアイドルとも違う。か、彼女こそ、僕の運命の人だ」


 くったくのない純粋なあの表情。

 澄んだまなざし。

 臆することのない、感動的なスピーチ。

 ひらめく青マントからときおりあらわに見える、みずみずしくもまぶしい肌――。


「……そうさ。か、彼女こそ、僕が人生をかけて推したい人だ。ああ、彼女の幸せのためなら、ぼ、僕は魂さえ差しだせる。くらいだ!」


 そう願った瞬間――。


 もんは突然、不思議な力が湧いてくるのを感じた。

 わななく自分の手もとが暗く光ったような気さえして。

 

「?」


 すると直後、カメラを持っていたはずの片手が、いつのまにか分厚い1冊の書物をつかんでいた。

 表紙に不気味なろくぼうせいが描かれた、まるで魔導書のような書物。


『――よう、オイラは魔導書グリーモザ。たったいま《デーモン》属性の転生徒に覚醒したお前の、固有アイテムだ』


 まるでもんの脳に直接響くような黒い声で、魔導書グリーモザはそんにたか笑った。


『よろしくやろうぜ、もん。お前のスキルは《悪魔ひょう》……、この魔導書グリーモザにっているいかなる悪魔をも、おまえはその体にひょうさせることができるんだぜ、ヒャッヒャッヒャ』

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