第11話 もうひとりの転生徒

 矢の来た上方、おおもんかわら屋根かららんかんを器用に跳び渡り、かけ声とともにヒョイと降り立った人物は、なんと。


 食堂のオネーさん――。

 え、ふうさん?


「ノンノン、フーカちゃんと呼びなさい、フーカちゃんと」

 耳もとまで覆うほっかむりに、調理用スモック着。

 背中に弓矢を背負っているが、間違いなく食堂のオネーさん、ふうの登場である。


「どうして、さん……いや、フーカちゃんがここに?」


 俺の問いかけに、ウインクひとつ。


「おっ、陰キャ少年! もう君、だったかな? いい質問だ。盗み聞きするつもりはなかったんだけどね、お昼に食堂で君たちの会話がチョイと耳に入っちゃったもんでさ。おおばしで転生徒がらみの決闘があるなんて聞いて、いささか心配になったこの弓術上級者のフーカちゃんがせ参じたってわけ。ほら、大人の思いやりってやつ? まあそれに、そこの真っ赤な髪したヤンギャルちゃんには、個人的にちょーっと興味あるんだな。ねえ、あますみれ」


 あますみれ――そう呼ばれた赤髪ヤンギャルは、驚いたように目を見開いた。

「て、テメー、あーしを知ってんのか?」

「そりゃ知ってるさー。こちとら学園くっの情報通、食堂のオネーさんこと、調理師主任のフーカちゃんだよ?」


 いつのまにか歩みを進めていたふうは、いまだに尻もちをついたまま動けない赤髪ヤンギャルの目の前まで来てしゃがみ込む。

 少女の股間スレスレに突き立った矢をサクっと引き抜いて、またもウインクひとつ。


「ホントのとこ、去年君の入学が決まったときには、かーなり期待してたんだよ。小中学時代、武道競技タイトルを総なめにし神童とうたわれたあのあますみれが、我が学園にやって来るってんだから。なのに何? よくよく聞けば、中3の夏に突然髪を真っ赤に染めタトゥーまでいれ、規律に厳しい武道部からは当然のごとく次々もんこうも悪くなってヤンキー化。内申書はサイアクで、高校進学後も改善なし、どころかほぼ不登校。よく留年しなかったね、君?」


「チッ、ウルセーんだよ」

「ハーイ、でもいま判明しました。ヤンキーなんてのは大嘘だね。というかまあそもそも、そんなのわかっていたからこそうちの学園は君を転生徒テスト生として入学させたんだけど、ニャッハハー。そうとも、あますみれ、君は転生徒だろ? 真紅の髪とかっしょくたい、首すじにからむつた模様のタトゥー、属性はズバリ、《戦乙女アマゾネス》。アマゾネス属性の転生徒だ」


「コホン……、フッ、な、なーんだ、やっぱりそーなのかー」

 ばつの悪そうなせき払いをして、ユーシヤが場に加わる。

 こころなしか、左手はまだモジモジとスカートのすそを気にして。

「アッハハ。ボ、ボクの聖剣に挑みかかる気迫といい、あれだけ薙刀なぎなたを自在に振るう体幹の良さや俊敏さといい、ただものじゃないとは思ったけどさ」


「おーおーユーシヤちゃんも、いいカンしてるじゃん」

 ユーシヤとはすでに知り合いなのだろうか、親しげに軽くウインクだけ返すと、ふうはまた赤髪ヤンギャルに向きなおる。

「まったく、このフーカちゃんの矢をあそこまでかわしきれたのだって、拍手かっさいものだ。――あますみれ、君の身体能力と戦闘センスはアマゾネスそのものだよ。もうこれは、《いくさおとの身体》というれっきとしたスキルだね」


 手にした矢をヒラヒラさせて立ちあがりながら、ふうはさらに続ける。

「でもさー、グレることないじゃんか。おそらく、そのアマゾネス属性特有の赤髪やタトゥーのせいでまわりからヤンキーあつかいされ続け傷つくくらいなら、いっそヤンキーにでもヤンギャルにでもなっちまえ、その方が楽だって考えたのかな? うん、そりゃ失敗だ。少なくとも、こんな風に路上でさかいなしに何番勝負を挑んだって、君はこれっぽっちも強くならない」


「……ルセーんだよ」


「はいハーイ?」

「さっきからウルセーッつってんだよ!」


 尻もちのまましばらく黙っていた赤髪ヤンギャルが、牙をむいて怒鳴った。

「そーだよっ、あーしはあますみれ、アマゾネス属性の転生徒だ! 中3の夏、大事な武道競技大会のために『』とひたすら願って鍛錬してたら、ある日突然こんな見た目ナリになっちまって、以来どっからも破門あつかいだ。全部この赤髪やタトゥーのせいで! 誰に説明してもわかっちゃくれなかった。どんなに黒く染めようとしても変わらないこの髪も、望んでいれたわけじゃないこのタトゥーも!」


 そのさけびはたけだけしく、しかしどこか、泣きわめく獣じみてさみしい。

「しゃーねーじゃねえか! ヤンキーヤンキーって指差されんなら、ヤンキーとして生きていくしかねーだろうがっ。もう全部捨てたんだ、あきらめたんだ。大好きだった道場も、勝ち取った賞もトロフィーも、必死でけいした日々もみんな……。テメーなんかに……テメーなんかに、あーしの何がわかんだよっ!」



「わかるよ。君も私も、戦士だから」


 ――それまでとはまるで別人のように静かな、冷たさもやさしさもかなしみも知る声でふうは即答した。

 りょくふうのごとくやわらかく、再びそっと、あますみれの顔前にしゃがみ込む。

 きょをつかれた様子の相手を射貫くようにまっすぐ見つめ、それからいつくしみにも似たほほ笑みを浮かべた。


「もう一度言う。あますみれ、君は戦士だ。その目を見ればわかる。ひたすら強さに憧れている、野蛮なくらい純粋な瞳だ。嫌いじゃないよ。だからこそ、いいかい、覚えておくんだ。戦士には絶対やっちゃいけないことがある。泣いてもいい。わめいてもいい。でもね――」


 まだ小さく抵抗の意思を残してのけぞろうとする赤髪頭に、ポカンと手刀を叩き込んで。


「強くなりたいんなら、自分をおとしめちゃダメだ。そんなくだらないことは、君にあたいしない」



 乾いた橋の木板に、ボタっと涙の落ちる音がした。

 肩を震わせるあますみれの体が、かすれるままに言おうともがく。

「……や……だ。このまっ、まじゃ……いやだ。……あ……あっ……あーしは…………やっぱり……」



「――強くなりたい」

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