第9話 その少女、聖剣使いにつき

 かい学園の学生食堂には、アイドルがいる。

 食堂のオバちゃんならぬ食堂のオネーさん――ふう

 新入生たちの間ですら、その評判は3日と待たず轟いた。

 行列する生徒から、今日もひっきりなしの注文が彼女に舞い込む。


「はいよー、B定食お待ちっ! そっちの少年は納豆チャーハンね。お? なんだいなんだい、その腐った目は。陰キャですか? よし、このフーカちゃんから、追い納豆大盛りの特別サービスだ! ニャッハハー」


 ノリのいい笑いとウインク。

 ちゅうぼうの火で、エメラルド色にも見えるきれいな瞳。

 耳もとまで覆うほっかむりも、その活発さと顔だちの良さを隠すことはできない。

 スラッとした体つきに、調理用スモック着の軽快な身のこなし。

 年齢は20代後半くらい?


「――あ、あざっす」

 追い納豆大盛り特別サービスのお礼を言って、俺はカウンターを離れた。

 背に腹はかえられぬ。

 陰キャのくだりがあったような気もするが、甘んじてスルーしよう。


 納豆チャーハンの載ったトレーを手に向かったテーブル席では、すでにりん先生とあん先輩、そしてもちろんかいユーシヤが座って待っていた。

 ランチタイムを兼ねた臨時の転生徒会招集。


 さっそく納豆チャーハンにがっつく俺は、ユーシヤが青マントをはためかせ今朝の件をみんなへ報告するのを横目で追った。

 シンプルな焼き飯の上に、炒めない納豆、いわゆる追い納豆を山盛りにしたパラネバな食感が口いっぱいに広がって、これはたまらん。


「……というわけ。どうどう? まさに、転生徒会の勇者たるボクに打ってつけのクエストだと思わないか?」


「はあ、夜の10時に決闘どすかあ。ユーシヤはん1人で行かせるのはちょっと心配やし、そやかてうちは門限が厳しゅうてねえ……。まあでも、もうはんがついていかはるなら安心やわあ」

「ッケケ。教師の立場としてはけんごとなど奨励すべからざるところ、ゆえに私も同伴はしかねるでケスが……。まあでも、もうが立会人として監視報告の全責務は俺が負うとそこまで言うなら止めるわけにもいかないでケスね」


「ブフッ、そこまでもどこまでも俺は何1つ言ってませんが!」

「あらあら、もうはん。食べながらそない気ぃ張るとのど詰めますえ。さあさ、お茶でもおあがりやす」

「いつのまに茶道具を! いや、茶田あん先輩、いまはお抹茶は結構でグガゴボゲベブシュッ⁉」



        ♢



 ……そいで、まあ。

 やって来ました、そろそろ夜の10時。


 観光客向けの開放時間も終えた、おおばしエリア。

 一帯は閉鎖こそされていないが、照明の半分以上がすでに落ち――。

 おほりから吹き上がる夜風が、強弱を変え、ときおり生あたたかく肌をなぶっていく。

 妹のいやしには、帰りが遅くなることを伝えておいた。


 橋の中ほどでらんかんに背中をあずけながら、俺はさっきからストレッチに余念のないユーシヤをそば近く見やる。

 降ってわいた決闘クエストを前に、主役はどうにも勇気りんりんの仕上がり。

 臆することなく、スキルである《聖剣》を早く振り回したくて、ウズウズすらしている様子だ。

 これまで何度か聞いたユーシヤの決めゼリフが、おのずとのうに浮かんでくる。


「……聖なるつるぎは勇気の光、ってか」


「フッ、まさにその通り。いま、ボクのこの手、この体にはみなぎってる……が……聖剣を生みだす、無限の聖属性エネルギーが!」


 ワナワナと武者震い(勇者震い?)して闇をまさぐる、少女の左手。

 でました、聖剣使いの聖属性体質。


「勇気でも何でも結構だが、お前のその聖なるエネルギーのせいで、亡者属性の身のこっちはいつ浄化されるか気が気じゃないんだが」


「それ、浄化しちゃうぞ!」

「でえい、寄るなっ、縁起でもない! ……ん? 待てよ。勇気が聖剣を生みだす聖属性のエネルギーってんなら、お前の勇気がしぼむと、聖剣も消えたり出せなかったりするんじゃないか? たとえば、強敵相手にビビっちまったときとか」


「まー理論的にはそうかな。でもありっこないよ、まさか、勇者の勇気がしおれるだなんて。ほら、この通り、っと。いっくよん、聖なるつるぎは勇気の光――はぁぁぁっっっ!」


 バキバチンッ!

 雷光のように青い輝きが、ユーシヤの左手からほとばしって聖なる剣のかたちをなした。

 と、まさに、その時。


『いざ、勝負!』


 鋭い声のあがった方向。

 公道側に面した橋の入り口、その薄暗がりから。


 何者かが、木板を駆ける足音とともに猛然と迫ってきた。

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