第5話 魔王城でお茶会を!!

「――あの……、お客はんどすか? おいでやす……」

 はんなり、と。

 その人は、闇の晴れた奥間から顔をのぞかせ、手まねきした。


 十畳ほどの茶室。

 俺たち転生徒会一行を、たたみ敷きの奥間へ通してくれたのは――。

 ちゃおりものに和風エプロンといういでたちの少女だった。


 もえの羽織に花吹雪の柄が舞う。

 着物の上からでもわかるくらい豊満な胸もともさることながら、何とも目立つのは、その黒髪のおかっぱボブを押し分けるようにして、両耳の上あたりからニョキンニョキンと生えた紫金色のつの


「へえ~、そんなら、みなさん本当に転生徒はんなんどすなあ。まあいうても、うちもやけど、うふふ」

 おっとり笑うそのさまはやわらかで可愛らしく、下がりまゆにタレ目。


「おはつどす。うちはあん、いいます。もうおわかりかもやけど、その……、魔王属性の転生徒どす」


 やはりというべきか、立派なつのの片っぽををサスサスしてはにかむこの和装少女こそ、本件の最重要人物にして魔王属性の転生徒、あん、その人なのであった。

 りん先生の語っていた情報からして、学年は俺たちより1つ上のはずだ。


 を囲むように正座した俺たちは、さっそくあん先輩に訪問の意図を伝えているところである。

 ユーシヤのさっそうとした身振り手振り付きで。

 青のマントがいちいちはためいて、じゃっかんうっとおしい。


 ワビサビの境地ともいうべき茶室で、青髪碧眼青マント(おでこに《勇》の紋章入り)の聖なる勇者属性少女が魔王属性のつの付き和装少女と話し込むというわけのわからん光景を前に俺は何かを言いたい気がしたが、これ以上話がややこしくなっても困るのでよしておいた。


 だいたい、俺もりん先生もロクなキャラではないのである。

 他人のことが言えた義理ではない。

 でもこのままだと忘れそうだからそっと自分にささやこう。

 俺が欲しいのは、普通の青春だ(泣)!


「えらいご迷惑かけてしもて、かんにんえ。けど、何でこないなことになってんのやら、うちにもわかれへんのどす。体調不良で次々と部員はんが辞めてからは、ひとりきりの茶道部いうのもさみしゅうてねえ、情けないんやけどもうめそめそ泣いてばっかりで……あら! 話に夢中でお茶お出しすんのがまだやったわあ。待ってておくれやす」


 あん先輩は慣れた手つきで茶道具をあつかい、俺たちのためにお抹茶をてる用意をはじめた。


 所作の1つひとつが奥ゆかしく、かつ華やかなおもむきもある。


 会話するうちにわかったのだが、彼女はその筋で名の知れた老舗しにせ茶屋――お茶と甘味の「さた」を営むの家系。


 京都にある総本家の伝統をうやまい、通学時もちゃおりものに和風エプロンという身なりで、話し言葉も京ことばをつかっているものの、あいにくかい学園のあるこの辺り、さして京ことばには縁なき地域で生まれ育っている彼女である、言葉の方は「えせ京ことば」だと本人は謙遜しきり。


 テレビで見たまいさんみたいで素敵じゃないかと、俺なんかは思うのだが。


 ともあれ、これは美味しいお抹茶が期待できるに違いない。

 茶道部食中毒事件なんてのは、やっぱり転生徒をネタにした趣味の悪いデマだったんじゃないか。

 当のあん先輩自身も、


「一度でええから、ほんまに美味しいお抹茶がててみたい――わあ」


 という願いを抱いて、茶道のけいはげんでいるんだとか。

 なんともいちで心がなごむぜ、うんうん。



        ♢



 ――数分後。


「「「……………………!」」」


 あん先輩をのぞき、を囲んで正座する誰もが、思わず絶句した。

 各々の膝上に置かれたまっちゃわんを前にして。


「ひっ……」

 耐えきれず情けない悲鳴をもらす者さえいる。


 だが無理もないだろう。

 いま俺たちがたいしているのは、魔界のすべてをちゃわんにぶち込んで泡だてたかのような謎のしろものなのだ。

 奇怪なダークトーンの湯気すら立ちのぼっている。

 いったい魔王でもなければ、誰にこんな即死効果発動必至みたいな暗黒の液体を生みだせようか。


 屋外にまでただよっていた湯気の正体は、まさにこれだったのだ。


「ささ、遠慮せんとおあがりやす」

 ニコニコと無邪気にそううながしてくる、お茶屋の娘(魔王属性)。


 ……残念ながら、あん先輩には茶道の才能は絶望的にないことがズバリ判明した。

 おまけにどうやら本人に悪意はなく、自覚もなく、その可愛らしい笑顔には一点のくもりもないときている。


(ね、ねえ、もう。いくら勇者属性ったって、ボクもさすがに即死耐性とかはないと思うんだよ。立場というものもあるし、転生徒会の勇者として責務をまっとうするためにも、ボクがこんな危険物を飲んで命を落とすわけにはいかないよ、ね?)


 お前っ……!


 ていよく自分だけ助かろうと、冷や汗をたらしながら小声でうったえてくるユーシヤ。

 りん先生のかすれたうめきがそれに続く。


(……ッケケ……これは……魔王属性のスキル、《暗黒物質ダークマター》ッ)


 2人そろって、その体はすっかり恐怖にかたまったままだ。

 このお抹茶、行動不能効果もあるのかよ‼


「(ニコッ)おあがりやす」


 笑顔が可愛い⁉

 くっ、仕方あるまい。

 男子たるもの、やらねばならんときがある。

 俺は腹を決めた。


「な、なあみんな、俺がお抹茶に目がないってこと、前に言わなかったっけか? よかったらなんだが、みんなの分も俺にゆずっ……」


 ザザッ‼


 いっせいに差しだされる、まっちゃわん2つ。

 お前ら行動不能じゃなかったのか!


 ――いいだろう、こうなったらやけだ。

 それになんのかんのと言ったって、しょせんはたかがお抹茶だもんな。

 飲みほしてやるさ。

 グイッ。

 ググイッ。

 ん? なんだ、別に見た目ほどたいしたことなグガゴボゲベブシュッ⁉



        ♢



(…………――――はっ⁉)


 どれくらいの時がたったのだろう?

 俺はまだ……生きている……のか?


 毒々しいこんすいの果てに息を吹き返し半身を起こすと、おや、他のメンバーは何事もなかったかのようにあん先輩と会話している。


 数段前と変わらぬ平穏な状況。

 まるで時間が巻き戻ったかのようだ。

 その奇妙さに俺は、思わず自分の境遇をループものラノベと重ねあわせる。


 まさかこれは、あえなく絶命したはずの主人公が特定の時空間へ舞い戻って復活し、己の生死と世界の命運をかけて奮闘するというあの超絶燃え展開ではないのか?

 おお、亡者属性の俺だからこその、さらなるスキル覚醒がついにやってきたとか?


 ――いや、しかし待て、確実に時は流れている。

 その証拠に、俺の膝上にはカラになったまっちゃわんの山。

 あえなく意識を失いこそしたが、うむやはり、俺はすべてを飲みほしたのだ。

 よくやった、俺。

 あん先輩も楽しそうにニコニコしていることだし、もうこの話これで終わりでいいんじゃないか。


「あ。気が付いたのかい、もう。いやー、まさか君が失神するほどのお抹茶好きだったとは、ボクもついぞ知らなかった。君のためにぜひ転生徒会室で毎日お抹茶をててやってくださいって、たったいまあん先輩にお願いしていたところさ!」

「さあ、もうのために快く転生徒会へ入会された先輩にお礼を言うでケス、ッケケ」

「いえいえうちこそ、そない喜んでくれはるなんて嬉しいかぎりどす」


 …………。

 おい。


 かくして、我ら転生徒会は、早くもあん先輩という新メンバーを迎えることとあいなった。

 健全なる高校生男子諸君なら一度は思い描くであろう「放課後は毎日、可愛い美少女のいれてくれるお茶で優雅にティータイム♪」という夢を、これ以降、大変に不本意なかたちで俺がじょうじゅするはめになったのは言うまでもない。


 いつか俺の墓にはこう刻まれるだろう。


 ……夢にその身を捧げた男、と。

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