第2話 転生徒会

「フー、フー。おーいてえ、なんだったんださっきのは……ってか、いつまで笑ってんだよ、あんた」

 謎の激痛に襲われ、色素まで薄くなった気がする片手をさすりながら。

 いま俺は、長机の向かい席――かいユーシヤをいぶかしく腐った白目で見やる。


 彼女に連れられてきたここは、部室棟のとある空き部屋だ。

 たぶん、空き倉庫ともいう。

 たがいの自己紹介もそこそこに、青マント美少女(おでこに《勇》の紋章入り)のそいつは、パイプ椅子の上でおかしくてたまらなそうにクツクツと身をよじってばかりいる。


 なんでも、半グレ連中に顔面も体もパンパンボロボロにされた俺がそんな傷は少しも痛がらず、片手ばかりさすっては息を吹きかけているのが、陰気すぎる亡者な風貌と相まって妙におもしろいそうで。


「アッハハ、やー、ゴメンごめん。それにしてももう、いやはや君の属性ときたら。湧きでるその陰気きわまりない負のオーラといい、まるで陰キャの究極形態じゃないか。やっぱり友達とかいないんだろう?」

 などと、初対面であるまじき無礼なことを言ってきた。しかもいきなり呼び捨てだ。そんならこっちも同じ流儀でいかせてもらう。


「だっ、誰が陰キャだ! ……つーか、俺は亡者属性だから、基本的に痛みは感じないはずなんだよ。なのに何でさっき、あんた……あー、ユーシヤの手をつかんだら激痛が走ったんだ? まるで火傷やけどするみたいに痛かったぞ。しかも一瞬、こっちの手が透明化したような……」

「ああ、それはきっと――ボクがで、毛治谷がだから、だよ」

 ケロリと笑いをおさめたユーシヤが、左の手のひらを俺に見せながらこたえる。


「勇者属性であるボクのスキルは、さっきも披露した《聖剣》だ。聖剣を生みだすほどの聖属性エネルギーを、ボクはこの手からほとばしらせることができる」

 閉じたり開いたりする左手を、ワキワキとゆっくりこちらへ近付けて……。

 ひたいに浮かぶ《勇》の紋章の下で、碧眼がキラリと光った。


「――さて、かたや毛治谷、亡者属性である君の弱点は何だと思う?」

「……ん、弱点って……はっ⁉」

 はたと気付けども、時すでに遅し。

 ゲームやなんかの異世界ファンタジーでは定番のある論理ロジックが、俺の頭上にひらめく。


「ア、アンデッドの亡者属性な俺は、聖属性耐性が弱点……って、まさか」

「フッ、ようやく気付いたかな? つまり勇者属性かつ、聖剣使いの聖属性体質なボクが君に触ると、ほら!」

「あだだだだだだだだだだだだ⁉」


 身を乗りだしてユーシヤが俺の手を掴んだ瞬間、ビリビリ走る激痛と、火花散る青いプラズマ。

「と、まあ、ボクの聖属性エネルギーで亡者属性の毛治谷を浄化するのなんてチョチョイもチョイ。何しろ軽く手を握るだけでこの騒ぎだものな、アッハハ。今後、ボクのあつかいには細心の注意と敬意を払っておいて損はな・い・よ? ちなみにね、この聖属性エネルギーの根源は、なんだ」


 勇気? あだだだだだだだだだだだだ⁉


「うん、。みなぎるは、聖属性エネルギーとなり、こうして体外までほとばしる。こそ、聖剣をも生みだす無限の聖属性エネルギー……。そう、《聖剣》とは、が光り輝いて剣のかたちをなす、勇者固有の最強武器! 聖なるつるぎは、勇気の光――」

「やかましい! ごたくはいいから手を離せ、この聖剣使いが‼」


 なんたることだ。

 触れただけで激痛が走ったり浄化されたり、そんな過酷なボーイミーツガールがあってなるものか。

 命からがら、いまいましい手を振りほどく。


 登校初日に訪れた、謎の美少女との出会い、などというイベントにちょっとでも期待しかけた俺のアホ!

 心ときめく出会いどころか、亡者属性の俺にとってはむしろ触るな危険、相性サイアクなてんせい女子にいきなり遭遇してしまった。


 勇者属性で、おまけに聖剣使いの聖属性体質……だと?

 こんなやつとうっかり触れあって、聖なる力で浄化されるわけにはいかん。

 危ないアブない。


「進学早々に出会った少女と、接触厳禁な間柄とか……。そこだけ聞くと、俺って青春純愛プラトニック・ラブストーリーの主人公かよ、ははは。こりゃ号泣必至、累計発行部数200万部突破確定じゃね? ははは……はあ」

 あらたな青春はまたもや暗転、ため息がもれる。


「なっ(ボッ)。純愛ぷ、プラ、ら、ラブ――って勝手に何言ってるのさ、毛治谷キモッ、変態!」

 ユーシヤが赤面しながら青のマントをばたつかせて何かを騒いでいる気がするが、遠くを眺めぼやく俺にはいまいち聞きとれない。


 ……しかしまあ、現実逃避ばかりしてもおられん。

 どうにか気を取り直し、話を本筋へ。 

「……で、いったいここは何なんだよ? なりゆきでついてきちまったが」

「あれ、まだ話してなかったっけ? てんせいかいのこと」

「転生徒会?」



『それについてはこの私が説明しよう! でケス、ッケケ』



        ♢



「ッケケ。それについてはこの私が説明しよう! でケス」


 今度はなんだ?

 外廊下に面したドアがだしぬけに開き、鼻にかかる幼げな声音ともに小さな影が室内へ入ってきた。


 登場したのは、どう見てもお子様にしか見えない小柄な少女。

 ぶかぶかの白衣を着込み、キラリと光る丸眼鏡をかけている。

 どちらも大きすぎてサイズがあっていない。

 それ以上に目を引くのは、彼女のチョコンととがった鼻、耳、唇などの皮膚、おまけに髪までもがいずれも緑色――実験用の化学薬品にあてられでもしたかのような蛍光グリーンであることだ。 

       

 いちじるしくミニマムな体型と相まって、その姿は洞窟に棲む《ゴブリン》を思わせる。

 身長はおそらく140センチもあるまい。


「ふむ、そろったのはあなたたち2人だけでケスか。まあ初回としてはこんなものでケしょうかね。ッケケ」

 冷やかに所感を述べ、緑色の肌をしたその子は長机の空いた席に座を占めた。

 近くで見ると、緑の髪はところどころ短かったり長かったりとでたらめだ。

 セルフカットなのか。


(おい、ユーシヤ。誰だよ? この妙ちくりんなチビッ子は)

(しっ、子どもあつかいすると怒られるって! りんだよ。彼女ってば、超のつく秀才なんだ。何しろこの春13歳で高校1年に飛び級。かつ特例として学園の理科教師も兼任する、ゴブリン属性の転生徒さ)


 ははあ……、ゴブリン属性。

 ゴブリンってのはたいがい脳足りんなキャラ設定で、まあ中にはとんでもなく知恵のきくやつがいたりするもんだけど、この子の場合は完全に後者らしい。

 にしても、このお子様が教師でもあるとは……。

 ユーシヤと俺のヒソヒソ会話なぞにはかまうそぶりもなく(というか、デカい丸眼鏡が反射して表情が読みとれない)、緑髪緑肌お子様体型の五分倫先生は再び口を開く。


「ッケケ。さて、本日お集まり願ったのはほかでもない。折も折、ちまたで転生徒に対する偏見渦巻く中、かい学園が本格的に転生徒を受け入れるにあたっても、一般生徒や保護者からは厳しい抗議の声があがっているのが現状なのでケス。そこであえて、本学園は転生徒の会――転生徒会の創設を決定。その第1期会員に選ばれたのが、あなたたち――」


 短い腕をズバッとのばし、りん先生は指差す。


「まずは、青髪碧眼に青マント――ひたいに浮かぶほの青い《勇》の紋章。スキル、《聖剣》使いにして聖なる勇者属性、かいユーシヤ。本学園理事長・かいひでの娘」

「アッハハ、いかにも。勇者属性の転生徒にして、聖剣使いといえばボクのことさ」


「ッケケ――続いて、陰キャ属性、もうはじめ

「だから誰が陰キャだ!」

「えっ、違うでケスか? だってその湧きでる陰気きわまりない負のオーラはどう見ても……」

「亡者だ、モウジャ! 白骨化した長髪、腐った白目に、骨とただれた皮ばかりの呪われた体。スキルは、痛みを感じない《無痛覚》。亡者属性のもうはじめだっての! はいどうもよろしくお願いします! ……ぜえ、はあ」


「……と、欠席者2名およびゴブリン属性にしてスキル、《小鬼の学習能力》保有者である本会顧問の私――りんを含む計5名の転生徒をもって、ここに転生徒会は創設されるでケス。我われには、品行方正で創造性に満ちた健全なる各種活動を通し、転生徒に対する世の偏見をふっしょくすることが課せられるでケスよ。当面は、学園の運営に係る雑務全般をこなすとともに、転生徒がらみで何らかのトラブルが発生した場合には速やかにその対応にあたること」


「アッハハ、まあ要はさ」

 意気ようようと、ユーシヤが左拳を突き上げ宣言する。

「転生徒の、転生徒による、転生徒のための転生徒会運営ガバメント! それがボクら転生徒会の活動方針だ!」


 …………。

 おいおいおいおいおい。

 いや、何だよ、転生徒会って。

 転生徒に対する風当たりの強さを、俺は今日1日の周囲の反応や、ついさっきの半グレ連中にも嫌というほど思い知らされたばかりじゃないか。


 それだけじゃない。

 たとえばSNS上でも日夜、こんな感じのやりとりが行き交っているのだ。


『転生徒とかいう、マジ無理な存在について草』

『けっきょく、転生徒ってさあ、思春期コジらせすぎて、心身に異常をきたした残念なやつらでしょ。異世界キャラだか何だか知らないけど、社会じゃ通用しねえよ、あんなの。オレたちみたいに大人しく普通にしてろっての、フツーに』

『ただのイカれたコスプレ人種じゃないの? つーか、目ザワリなんだけど、転生徒』

『異世界キャラ属性とか意味わかんねーって。もうビョーキだよ、ビョーキ。転生徒乙』

『転生徒コワい。あとキモい。中二病より悲惨。新種のウイルス感染者らしいよ』


 非難ごうごう。根拠なきぼう中傷。

 うとましい異分子とみなされた者に向けられる、敵意、悪意、あざけり。

 転生徒ならではのトラウマ。

 ……そんな転生徒が集まって、「品行方正で創造性に満ちた健全なる各種活動を通し、転生徒に対する世の偏見をふっしょくする」?


 無茶だ。

 ゆうもうかんというより、ゆうかんぼうなお題目だ。

 無理ゲーだ。


 転生徒会などという、はっきり言って厄介ごとの匂いしかしないパーティーに組み込まれてはたまったもんじゃない。

 俺はただ、普通の青春を求めているだけなのだ。

 悪いが早々に退散させてもらおう。


 ……ん?

 ――待て!

 そう言えばごく最近、というか今日先ほど、勇敢無謀な勇者属性少女と仲間になる誓いの握手を交わしてしまった気が‼


「アッハハ。ではあらためて。歓迎するよ、毛治谷。――転生徒会へようこそ! これで今日から、ボクらは仲間だ」

 さも勇気の光あふれる笑顔を咲かせ、かいユーシヤは俺にそう言った。

 勇者のごとくさっそうと、青いマントすらそよがせて。


 青髪碧眼、聖剣使いの聖なる勇者属性少女。

 ほの青い《勇》の紋章が、そのおでこに輝いていた。







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転生徒会のためなら頭を地につける作者:

ペンのひと.


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