転転々ガバ!

ペンのひと.

第1話 亡者と勇者

《異世界転生》:時に神のさいはいすら超える偶然によって、あるいは時に精霊の加護や悪魔の契約によって、死者や瀕死者の魂が別の世界へ転生すること。生まれ変わり。



――そんな説明は、いまや不要だろう。


神々は憂えていた。


どう考えても、このところ人間たちは異世界転生しすぎである。


特に、日本人。

引きニートやら社畜やら腐女子やら廃ゲーマーやら、とにかくもうありとあらゆる連中がアホみたいに異世界転生しまくっているのだ。


いいかげんにしてほしい。


神々はいきどおった。

一時はさながら、「異世界転生ブーム」とでも名付けられそうなほどの状況。

ただ、天使たちの報告によれば、ブームである以上、ほうっておけばそのうちにおさまるだろうという話だった。


だが、どうだ?

あいもかわらず毎日毎日、異世界転生の大安売りではないか。

バカなの? ねえ、人間って大バカなの⁉ 


いや、人間たちだけでこんなことが起こせるはずもない。

まさか精霊や悪魔どもが1枚んでいるのか?

ええい、もはやこのさい、まつな事情は何であれかまわぬ。


神々は心底、憂えていた。

異世界転生の乱発――、その先に何が待ちうけるかは、まさに神のみぞ知るところ……。


 

――そしてついに、異変が起こる。


時は現代、日本の各地で、謎の人種が出現。


それは、思春期にを覚醒させる少年少女。


魔王はたまたゴブリンなどの異世界風な容姿と、各キャラ属性に応じたスキルを持つ奇妙な異端児――、まるで異世界から転生してきたみたいな中高生たち。

ほどなく、彼らはこう呼ばれるのだった。


転生徒てんせいと、と。



        ♢



――ガコッ。

顔面にくらう、大振りな左フック。


――ズグッ、バゴンッ。

追い打ちの右ボディと前蹴り1発をお見舞いされ、俺はたやすくすっ転ぶ。

ズテンッ。

尻もちついて、おろしたての高校制服は砂まみれ。

ここは、真昼の校舎裏。

半グレ風な上級生3人グループに取り囲まれて、まあ、わりと絶体絶命。


『ホラ、立てよ。まだ終わりじゃねえぞ!』

ありがちな半グレAの挑発に、すなおに乗っかってしまう自分が情けない。

へいへい、立ちますよ。

顔や体がどんなにボロボロになろうが、何しろ俺は、ですから。


『腐った目つきしやがって、キメーんだよ!』

ですよねー。

実際、俺の目、腐ってますからねー。

黒目なんかドロドロに溶けて、もはやなくなっちゃってますし。


――ドガッ。

お次は右ストレートときた。

ああ、視界がフラつく。

『ふざけた見た目ナリだぜ、こいつ。なんだあ? そのだっせー、白骨みてえなロン毛は。ナメてんのか、あ?』

『さえねー新入生クンが悪目立ちしてんじゃねーぞ、コラ。転生徒ふぜいが!』


そうなんです。

白骨化した長髪に、ドロリと腐った白目をむいた、どこにでもいる高校1年生男子。

痛みは感じないが、骨とただれた皮ばかりの呪われた体。

さながら、死してなお動くアンデッド――もうじゃ


どうも、亡者属性の転生徒、もうはじめです。

友達になってくださ

――ボゴッ、ズガッ、ドゴンッ。


サイテーな1日だ。

本来なら今日は、ささやかな青春を夢見る俺にとって、晴れの日となるはず。


何しろ、新1年生の新学期初日。

私立かい学園高等学校――通称、維瀬飼学園という新天地で、今度こそ俺は人並みに健やかなスクールライフを、普通の青春をゲットする予定なのだ。

そうとも。

もはや暗黒時代としか形容しようのないあのせいさんな中学校生活を乗り越え、健気にも光ある世界へ飛翔しようとするもう君(俺)。


それが何が悲しくて、入学式とホームルームを終えたばかりのお昼時に、こんな修羅場を迎えちまっているんでしょうね?


半グレ上級生たちにフルボッコにされながら、しかしまったく、とはいえ1発もらうごとに体は相応の物理ダメージを負い、もうろうとしつつある意識のなかで俺は――いやマジで、どうしてこうなった?



        ♢



すべてのはじまりはさらに数年前だ。

忘れもしない、あれはまだ中2へ進級しかけだった春休み。

その日、ゲームショップと書店をはしごした俺――もうはじめは、戦利品にホクホクしつつ、鼻歌まじりに信号待ちしていた交差点で、そう、あの事件に出くわした。


俺と同じく信号待ちし、隣りに立つスウェット姿の中年男が、何を思ったか赤信号まっさかりの車道へいきなりフラフラと飛び込んだのだ。


そこへ猛スピードでせまりくる、大型トラック。


考えるより先に俺の手足は勝手に動き、気付けばその中年男にタックルしていた。

まさに、とっさの反応。

他人様の命を救う覚悟なんてないままに。


見ず知らずのおっさんと抱きあってこけつまろびつ、接近してくるバカでかい車体を肩先三寸でどうにかかわしきる瞬間、ギュッと目を閉じ俺が願ったのはただひとつ。


――


さいわい死者は出ず、トラックは運ちゃんの罵声とクラクションとともに走り去り、スウェット中年男は何やらモゴモゴつぶやいてどこかへ消え、あとに残された俺が見上げたカーブミラーの中にあったもの……。


ああそれは、見覚えのない白骨化した長髪にドロリと腐った白目をむき、骨とただれた皮ばかりの身で立ちつくす、なぜか一瞬にして亡者属性と化した己の姿であった。


この世のものとも思えぬ、異様きわまりない容貌。

異世界キャラですか?


ほぼ同じころ、何の因果か俺みたく突然に異世界キャラ属性を覚醒させる少年少女は全国でチラホラ確認されはじめニュースにもなり、世間では転生徒と呼ばれるようになった。

……まるで異世界から転生してきたような中高生たち、ってことらしい。


科学的にその原因が解明されていないせいもあって、大衆の転生徒に対する偏見ははなはだしい。えたいの知れない奇妙な異端児、異分子、社会不適合者としてもっぱら忌み嫌われている。よからぬウイルスの感染者あつかいされることも珍しくない。


かくして、亡者属性の転生徒となった俺は、このおぞましい見た目のせいで四方八方から敬遠され、さんざんな中学時代を過ごすはめになった。


生徒からも教師からも気味悪がられる日々。

憧れていた女子には、意を決した告白を死の宣告と聞きまちがえられ、涙ながらに逃げ出された。


「すっ、好きです。付きあってください!」

「ひっ……、い、命だけはとらないでください! うわあーん」

マジ泣きしながら駆け去っていく女子の後ろ姿を見ながら、俺はさとった。

――俺の青春、詰んだな。


だがそれでも、高校進学を機に再奮起。

事件と謎の変身から、早数年。

俺は心あらたに、かい学園という舞台で普通の青春をこの手につかまんと決意し、今日にいたる。


ちなみに、転生徒には異世界キャラ属性に応じたスキルが備わっているというのがメディアによる定説なのだが、これはおそらく正しい。

俺の場合は、亡者属性になって以来、まったくもって身体的な痛みというものを感じなくなった。

いわば、《無痛覚》ってやつだ。

とはいえ、痛みがないだけで物理ダメージは負うんだが。



――ボゴッ、ズガッ、ドゴンッ。


まあそんなわけで、しかしフタを開ければ高校進学とて何が変わろう、入学式でもオリエンテーションでも相変わらず亡者属性の転生徒として周囲から不気味がられた俺は、初日全日程が正午前に終了するや失意のうちに教室を出て、すると廊下の片隅で気弱そうな新入生が上級生半グレグループにカツアゲされている場面に遭遇、自暴自棄ついでに柄にもなく割って入って逆に半グレたちの標的となり、あげく校舎裏へ連れ込まれてフルボッコにされているところなのである。


もうどうにでもなれという気分で、はて、殴られては立ちあがるのもこれで何回目か。


『いい加減しつけーぞ、ガキが』

『おい、キツイのやっちまおーぜ』

『クヘヘッ、サンセーサンセー』


七転び八起きを地でいくサンドバック状態の俺に、とうとう飽きがきたのか。

しびれを切らした半グレ3人衆が、仲良く鉄パイプを持ちだした。


痛みを感じない俺――もうはじめだが、さすがに骨とただれた皮ばかりの身に凶器をくらって無事ではすむまい。

それにどうやら、体力の方はとっくに限界が近かったらしい。

思いがけずよろめいて、膝をつく。


『『『おら、くたばれ転生徒!』』』 


頭上から襲いくる終幕の3撃。

……はいさようなら、夢見た俺の、普通の青春――。



「そこまでだ!」


――それは、とこしえの闇をも払う《勇者》の声。

――それは、視界を一変させる青いせっ

――いや、それは、《聖剣》をたずさえ飛び込んできた、青マント姿の女子生徒だった。


「いっくよん、聖なるつるぎは勇気の光――はぁぁぁっっっ!」

雷光のように青くほとばしつるぎが、眼前に輝く。

疾風はやてのごとく登場した、救世主の後ろ姿。

青のマントをはためかせ、聖なる剣を振るい、謎の少女が無双する。


気合たからかに、こうぼう一閃。

身をおどらせる残像も消えやらぬうちに、彼女は半グレたちのものを一息でぎ払った。


『『『ギョエッ』』』

あれよの形勢逆転。

無様にうろたえる、半グレたち。

完全に遅まきながら、その目がそろって驚くべきちんにゅうしゃに向け見開かれる。


『ゲッ⁉ なあ、こ、こいつ……例のあれじゃないのか? 新入生で理事長の娘、おまけに勇者属性の転生徒とかいう……』 

『ああ、間違いねえ。青髪、碧眼、ひたいの青い紋章、青のマントに、あの青い聖剣。うわさには聞いちゃいたが、それ以上だ。て、鉄パイプ斬っちまうとか超ありえねー。バケモノかよ。クソッ、おぼえてやがれ、転生徒どもが!』


 いかにもな遠吠えをまき散らしながら、ヤンチャな上級生の皆さんはそそくさと退散していった。

 突然現れた聖剣使いの少女を、そこに残して。



「――アッハハ、失礼しちゃうよね、人を化け物モンスターか何かみたいに言ってくれちゃってさ」


軽く不平をこぼしながらウーンと背伸びをして、少女がこちらを振りかえる。

左手に構えていた青い聖剣が、光の粒子となって霧散する。

青髪碧眼。

髪型は三つ編みポニーテールの、かれた前髪。

みずみずしくはりのある肌のひたいには、ほの青い光を放って《勇》の文字が紋章のように浮かんでいる。

女子制服の上からなびくのは、まっさおはばひろのマント。


ややあどけなさの残る顔だちには、はつらつとした美しさと、無邪気な透明感と、そしてしさが同居していて。

彼女はまだ膝をついたままな俺のところまでやってくると、さっきまで聖剣を握っていた左手をさしのべこう言った。


「やあ、ボクはユーシヤ、かいユーシヤ。ごらんのとおり、勇者属性の転生徒だ。気軽にユーシヤって呼んでよ。ねえ、――よければボクの、仲間になってくれないか?」


澄んだまなざし。小首を傾けた、屈託のない表情。

臆することなく、さしのべられた手のひら。

自らを勇者と名乗る、ゆうかんぼうな少女との出会い。


普通の青春すらあきらめかけた俺にも、しょうけいなんてものを感じる心がまだ残っていたとして。

もしかしたら、目の前の光景こそがその具現なのかもしれなかった。


――叶うなら――。

触れてみたい。

つかんでみたい。

ただ、そう思った。


だからこそ俺は彼女の、かいユーシヤのその手をハッシとつかみ、


ジュワッ。

――……?


「いっっっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


直後、文字通り手を焼くような原因不明の激痛に――亡者属性の転生徒になって以来初めて感じるに、思わず絶叫したのである。

いや助けて!


マジでどうなる俺の青春⁉

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2024年11月30日 20:11

転転々ガバ! ペンのひと. @masarisuguru

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