第9話 ただの女の子

「だぁぁ!! クソ!!」


 今回は地味に意識があった。

 性欲を消費しきってスキルを使ったわけじゃねぇし、それが理由かもしれんけど。

 

 ……あの、体乗っ取られてるんですけど。

 あんな気障ったらしい言葉吐いたりしないし、あんなに俺強くないんだけど!?

 え、なに、メイの時もこんな感じだったん? 死ぬ? いや、死ねよ俺。あんなん柄じゃないって。


「おい、誰だよお前マジで」

  

 そう語りかけるも、うんともすんとも言わない。

 確かに俺の去勢案件を防いでくれたことは感謝しかない。あの状況はどうすることもできなかったし。


 とはいえ、だ。

 俺の体の中に誰かがいるという事が耐えられん。

 だって、女の子とデートしたりキスしたりする時も、体の内側のアイツに見られてるってことだろ?

 あー、いやだいやだ。見られて興奮する特殊性癖はこちとら持ち合わせてねーんだよ!


「にしても聖女の護衛とは大役だな。王命だからやるしかねーけど、あんまり気が進まん」


 前も思ったけど、一人の人間祀り上げてワーキャー騒いでどうなの? ってな。

 【聖女】が慈愛の塊で、素晴らしい性格の持ち主……っていうなら分かるけど、突然職業が宿った人間がたまたま聖人でした、とかあり得なくない?

 

 え、証拠? 俺の存在。

 まあ俺【聖騎士】じゃなくて【性騎士】だけど。


「あの女……リースが言うには二日後からって話か。てか本当にアイツメッセンジャーだったのかよ……。メッセンジャーがち◯こ斬ろうとするな」


 どうも態度を変えて殊勝になったのは良いんだけど、普通に【聖女】に向けて劣情向けたら殺されそうだな。

 噂に聞くにはとんでもなく美少女って話だから期待値はそれなりに高かったけどな〜。さすがに去勢の危機があるなら玉ヒュンしちゃうよね。


「ま、なるようになるだろ」



☆☆☆


「はじめまして、聖女様。本日より貴方様の護衛騎士となりました、アルスと申します」

「そう」

「これからどうぞ、よろしくお願いします」

「…………」


 ──そして冒頭に戻る。

 敬語使わないと去勢するってリースに言われたから使ってるが……一々去勢で脅すなよ、その技は効いちゃうだろ。


 こ、この女……全くこっち向かねぇ!!

 窓の外をずっと見てやがる。


 初対面で失礼だろオイ、とは思うが当然そんなこと言えるわけもなく。

 職業の格は同格だとしても、対外的に見た重要度は段違いで【聖女】の方が上。

   

 俺もあの時納得してしまったが、常に必ず一人は存在する【聖女】と、200年も現れなかった【聖騎士】。

 【聖女】は常に人々を救ってきたが【聖騎士】は、ただ勇者一行のパーティにいた、という事実だけ。


 どっちを敬う? って聞かれたらそりゃ当然【聖女】なんだよな。

 だからこの扱いには別に不満を抱くこともない。


 ──ふぅ、と微かなため息。  

 聖女様の後ろ姿……サラサラの長い銀髪を眺めつつ、俺は近くに控えた。


 護衛=本当の護衛。

 ただ近くで守れば良い、とのことだ。

 

 週に一度の休み。その日はリースが護衛を担当するそう。しかもその休日はレベルを上げるための休日らしい。

 慣れてきたら休日は無くすってさ。鬼か????

 

 早くも人生設計がバチバチに狂ってるぜ……。



「リース、は」


 ふと、鈴の鳴るような声がした。

 か細く小さいその声は、紛れもなく聖女様のものだった。

 しゃ、喋った……!!


「彼女は週に一度、貴女の護衛を担当いたします」

「そう……」


 ……ん? 声が上ずったか?

 喜んでる……? いやいやいや、聞くところによると笑うことなく、感情を全く表に出さないって言ってたな。

 

 ……単に俺が観察眼に優れてるだけ説。

 昔から細かな表情の変化、声色で感情を読み取ることができた。輪をかけて聖女様の感情は捉えづらいが、今は確かに感情の発露があった。


「リースがいなくて寂しいですか?」

「……べつに」


 ……おいおいおいおい何だコイツ普通に可愛いじゃねぇかよお! どこか鉄仮面だ! どこか無表情だ!!


 ただの普通の女の子じゃねぇか! ボケ!

 どいつもこいつも何してんだ本当に。


 俺は相好を崩し、聖女様に対する認識を変えることにした。やっぱり聖女だ何だの持て囃されても普通の人間には変わりねぇんだよ。

 職業があろうと無かろうと人の根幹を変えることはできねぇよ。


「へぇ、寂しいんですねぇ」

「……っ」


 ニヤニヤしつつそう言うと、聖女様が振り返って俺の方を見た。

 

 ──瞬間、まるで世界の時が止まったかのような錯覚を覚えた。

 

 美しい。ただ美しい。

 顔立ちはどこかメイに似ている。しかし、聖女様は芸術品のように全てのパーツが完璧で、恐ろしいほどに全てが整っていた。


 銀の長髪、おおよそ人の瞳とは思えない、銀色に青が散りばめられている瞳。

 それを引き立てるような水色のドレスと羽衣は、まるで神話の女神のようだった。



 ──こりゃ崇めるのも無理ねぇか。


 まるで【聖女】になるべくして産まれたかのような。誰が見ても特別だと分かる容姿だ。


「だからって──」


 俺は特別視してやんねーぞ。  

 その他大勢の奴になってたまるかよ。


 ──振り向いた彼女の動揺したような表情が、【聖女】なんかじゃないただの女の子だから。


「リースのこと、大事なんですね」

「…………」

「おや、嫌われてしまいましたか」


 ふいっと顔を逸らされた。

 敬語やめてぇな、すでに。敬語だと体乗っ取られてる時思い出すんだよ。


「聖女様。……敬語疲れるからやめていい?」


 再び聖女様は驚いたようにバッと振り向くと──また顔を逸らして、


「……好きに、すれば」


 と、小さく言い放った。

 よっしゃ、これで普通に喋れる。


 にしても嫌に可愛いなコイツ。

 変な目で見たらリースに去勢されるから我慢するけどな!


 

 

 

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