第8話 深まる勘違い

Side リース


 私の名はリース。聖女様の護衛騎士だ。

 【黒騎士】と双璧をなす【白騎士】の職業を授かった私は、即座に王城に召し上げられ、一定の勉学と鍛錬を積んだ後に聖女様の護衛騎士になった。


 私は自分が誇らしかった。

 努力が実った実感。努力が報われた瞬間。

 私が正しく認められたと思った。


 【白騎士】は防御、回復両方を両立することのできる護衛向きの職業だ。とはいえ、決して攻撃方面もサボることなく鍛え、中途半端な攻撃職に劣らない実力も身に着けた。


 ──正直、実力としては同期の【黒騎士】に劣っていることは自覚していた。

 そのことに微かな嫉妬と自らの実力不足に嘆くこともしばしばあったが……そもそも彼女とは役割が違う。


 【白騎士】は護ることが使命で、【黒騎士】は敵を滅することが本懐だ。

 だからこそ彼女とも少しは上手くやれていたと思う。口下手に見えて意外とお喋り好きで、なかなか可愛い。

 美少女フェイスを武骨な兜で隠しているのは些か残念だが……まあ、彼女を狙う男が少なくなるなら我慢するしかあるまい。

 どのみち彼女……メイの素顔と裸を見れるのは私だけなのだから。


 フフ……上級騎士専用の浴室というのは素晴らしいものだ。お陰でメイの素晴らしい肢体と可愛らしい素顔を存分に味わえるのだから。


 だが最近はなぜか一緒に入ってくれない。なぜだろうか。


 まあ、良い。

 一番重要なのは──聖女様だ!!!



 あぁ、可愛い。クンカクンカしたい。

 抱き締めて離したくない。


 聖女様の容姿については語ると三日三晩はかかるため割愛するが、とんでもなく愛らしく美しい。

 氷のような表情も、冷静沈着な言葉も、どれをとっても完璧で素晴らしく美しい。


 美とは! 聖女様のために存在する言葉……!


 そう信じて、疑わなかった──が。



 ──結局、私では聖女様の笑顔を引き出すことができなかった。

 何を話しても、何を試しても、聖女様にとってはただの護衛騎士で、私の存在すらも……きっとその美しい瞳には映していないのだろう。


 それが悲しくもあり、寂しくもある。



 そんな矢先に、突然の解雇。泣いた。

 王に呼び出され、


「これまで良くやってくれた。君はこれから第四騎士団長兼、聖騎士の補佐を務めてもらう」


 と言われた。  

 まずは驚き。200年振りの【聖騎士】の誕生。

 続いて悲しみ。

 私は護衛騎士の任を解かれ、ぽっと出の【聖騎士】が代わりに護衛騎士になると言うのだから。


 あぁ、勘違いしないでもらいたい。

 私は別に任を解かれたからといって【聖騎士】に嫉妬を抱くことは……ぬん、ぬぐぐぐ、ぐぁぁ……無いッッッ!!!


 無いったら無い!!!!


 

 これでも子どもの頃は子どもらしく勇者一行の冒険譚に心を踊らせた一員だ。

 【聖騎士】が勇者を護り、導いたその軌跡に憧れがないと言えば嘘になる。


 だからこそ、現れた【聖騎士】が冒険譚のような聖人であれば許せた。



 ──だが!

 現実はそう上手く行くはずもなく、【聖騎士】はそこらの男と変わらない普通の人物だった。

 落胆──勝手な希望からの失望。

 これが私のただのエゴであることは自覚している。


 しかし、聖女様を愛す人間として、このエゴを貫き通したかった。


 つまり何をすれば良いか。

 簡単だ。



 去 勢 だ 。


 男など ち◯こ無ければ ただの人


 性欲の源は男性器なのだと研究職の誰かが言っていた。

 あるものは無くせば良い。実に単純で簡単だ。

 放っておけば当然死ぬだろうが、生憎と私は高レベルの回復魔法が使える【白騎士】。

 

 再生しないレベルで治療することなど造作もない。

 そして痛みを感じさせない剣技、スキル『慈悲の剣』で斬り落とせば、負担なくスッパリサッパリ逝かせられる。


 相手は【聖騎士】。とはいえLv.1の未熟者。

 負ける理由などない。



 そう────思っていた。



「な、んだ……この強さは!! 貴様はLv.1では無いのか!?」

「Lvなど単なる表記でしょう。身体能力の差は、魔力による身体強化で補えますからねぇ」

「だからと言っても──限度がある……ッ!」


 ──強い。強すぎる。  

 まるで相手にならない。

 幾ら私が完全な戦闘職ではないからといっても『Lv.70』だぞ!?

 Lv.1の魔力では身体強化にも限度がある!!


 しかも、この男、途端に雰囲気が変わった。

 今は微塵も私に対するを感じさせない。それこそ聖人のように無欲で──否ッ! そんなはずはない!!


 私を見て鼻の下を伸ばしたのは事実!!

 ……戦闘時のみ欲が消える……? だとしても、護衛として下心を持つ者を聖女様の傍には置いていられん!


 私は剣と己に魔力を注ぐ。

 鍛えてきた剣術。小柄な私ならば、室内でも十分に動くことができる。

 私は男の足元をくぐり抜けるように身を下げ、すくい上げる動きで剣を振る。

 当たれば殺してしまう。だが、下手な手加減をしては絶対に勝てない。ある種、死なないだろうという信頼。

 それを旨に、私は全力で剣を振る──が。


「負、けるかぁーーーッ!!!!」

「気迫は十分、ですが──力が伴っていない」


 キンッ……!

 と甲高い音とともに、私の全力の一撃は、呆気なく受け止められた。


「────っ」


 剣を落とす。

 カランカランと床を転がる剣に視界を移すことなく、私は無力感と罪に苛まれていた。

 

 ……結局は私の独りよがりで、勝手な独断専行。

 【聖騎士】を襲った罪は計り知れない。

 ……まあ、どのみち処刑覚悟だったからな。


「うーん、想いの籠もったイイ一撃でした。剣に秘められた想いと懊悩……っ! やはり世界が美しい証拠ですねぇ。素晴らしい」

「……殺せ。もしくは衛兵に突き出せ」

「はて。私はただ私の役割について聞いたに過ぎませんが?」


 男はニヤニヤと笑みを浮かべながら、トボけたように言う。

 ……襲ったことなど歯牙にもかけず、か。

 甘いわけではない。男にとって、襲ったことにすらならないのだ。それが屈辱であり──どうも、あの頃に憧れた【聖騎士】を思い出す。


「それに、勝手に沙汰を下しては──彼に怒られますからねぇ。俺から美人を引き離すな、だとか。やれやれ、欲に忠実なのは実に羨ましい」

 

 男は何か小声で呟く。

 内容を聞き取ることはできなかったが、男は何やら楽しそうであり、羨ましそうでもあった。


「私がとやかく言うことではないが、こうも力を示され、器の大きさまで目の当たりにすると、認めるしかあるまい。貴様は……真の【聖騎士】だ。聖女様を……頼んだ」

「よろしい。貴女の剣に免じて、その願いを果たしましょう。まあ、果たすのは私ではありませんがね──と、ぷはっ!!!! またかよこのパターン!!!」

「なんだ……!?」


 急に男の雰囲気が戻った。

 先程のような張り詰めた空気が一気に弾け、【聖騎士】からただの男に戻った。


 ……なるほどな。意図的に切り替えているのか。

 戦闘時と普段と、二つの側面を持つ男。


 ……そうか!

 私に必要だったのはソレか!!


 聖女様が笑顔を見せなかったのも、私がずっととして接していたから……!!


 ともすればこの男なら聖女様を……!!!



「聖女様を頼んだ……っ!!!」

「え、あ、はい」


 ふふ、食えない男だな。

 


 


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