第5話 性癖ブレイカーには困るよ

 ドキッ! 美人と野営チャンスっ!

 が俺の大寝坊によりふいになってしまった俺は、酷く気落ちしていた。

 年寄りしかいない村から出て、大凡おおよそ初となる超絶美人女性。

 浮かれない方がおかしいってんだ。

 浮くのか立つのかは置いておいて、確執が取れたからには是非ともこなしておきたいイベントだったのだ。


 それが? 起きたらもう王都?

 というかこういうのって膝枕で起きるパターンでは? 鎧で痛くても俺は喜ぶよ。当たり前だろ。

 

「どうかいたしましたか?」

「いや……随分とひっそり王都に入るんだなって思って」

「良くも悪くも私の顔は広く知られております。加えて、【聖騎士】が新たに現れたという情報は現在秘匿されています。ですので、目立つのを避け、すみやかに事を済ませる予定です」

「まあ、【聖女】が現れた時も俺ん村まで情報が届いて大騒ぎだったからな」


 しかも確かその時【聖女】が5歳かそこらの年齢の時だろ?

 ったく、ガキ囲んで祀り上げて何が楽しいんだか。有名な職業っつたって一人の人間だろうが。

 

 ……なんてことを言うと教会に怒られちゃうんで口には出さないけどな!!

 

「……そうですね」


 ははっ、と笑いながら言ったのだが、横を見るとメイが憂いを帯びた表情で遠くを見据えていた。

 何かしらの琴線に触れてしまったのか。

 ただデリカシーの欠片もない俺は、美人はどんな表情しても美人なんだなぁ、とかクソどうでも良いことを考えていたのである。


 ──馬車が進む。

 城の裏口(?)から入って行き、少し進んだところで止まる。どうやらここからは歩いて行くようだった。


「でっか……」

「アルス様は王都は初めてですか?」

「あぁ。田舎暮らしには何もかも新鮮だよ」

「ようこそ王都【ヴェール】へ。歓迎いたします」


 そう言って、メイは微かに微笑んだ。

 そよ風で美しい金髪が揺らぎ、それを片手で押さえるメイの姿は、まるで一枚の絵画のようだった。


「うっ……露骨に女性の免疫無いのが出てんぞ俺ェ……!」


 思わず見惚れてしまった俺はニヤけそうな口元を押さえて小声で呟く。

 その表情にメイは首を傾げる。


 やめろ俺の性癖を刺激するな……!!

 

 

【年上の無表情金髪美人が俺にだけ見せる笑顔】


 とか嫌いな奴いないだろッ!

 いたら殺す。俺にだけじゃないだろ、とか言ったやつも殺す。

 良いんだよ。

 妄想の中だけはせめて俺だけにしてくれ。じゃないと歪む。俺の汚い心が。


「こちらからお入りください」


 案内に従って進む。

 そこはもうすでに王城の中のようで、キラキラと眩しい装飾が至る所に散りばめられている。

 どーしてこう金持ちってのは金色を好むのかねぇ、とか前は思ってたけど、師匠が「金は富の象徴。一国を束ねる主たるものが豊かに暮らしておらぬと、民もまた貧しいと思われるのじゃ」とか言ってたから納得はしてる。

 

『その分、メッキが剥がれるのも一瞬じゃがのう』


 とかも言ってた。台無しだよ師匠……。

 

 まあ、とはいえこんな豪華な場所に行ったのは初めてなわけで、キョロキョロと視線を張り巡らせていると、メイがクスリと笑った。


「物珍しいのは分かりますが、もうすぐ玉座の間に着きますよ」

「いやぁ、金を実物で見たの初めてだからついつい」

 

 壁からちょっと金引っ剥がしてもバレねぇかな、とかは考えてない。本当だからな!!!!

 

「──この扉を開けると王がおります。非公式の場ですので、正式な挨拶等を不要ですが、くれぐれも失礼のない態度でお願いいたします。ここから先はアルス様のみとなりますので」

「さすがに王様相手に失礼するほど馬鹿じゃないさ。じゃあ行ってくる」


 どうやらメイとはここで一時期お別れのようだった。付いてきてくれれば目の保養になったんだが仕方ねぇか。我ながら思考が下世話すぎるな!!


 ──扉を開ける。

 自国の君主に会うというのに、俺は不思議と緊張していなかった。

 やらかして打ち首晒し首ィ! になる危険性はあるけど、まあその時は自業自得だし潔く散る。


 ある種の覚悟を決めつつ、部屋の中に入る。

 かなり広い場所だ。

 赤と金の装飾が施されたカーペットが入口から真っ直ぐ敷かれていて、その先には一際大きな椅子──玉座がある。


 そこには初老の男がいた。

 肖像画でも見たことがある、第32代の王、サイラス・フォン・ライツハルトだ。

 一見するとただのお爺ちゃんだが、こちらを見つめる眼光は鋭く、抜身の刃のようだった。

 

「…………」


 黙ったまま俺は歩き、玉座から少し離れた位置で跪いた。


「──面を上げよ」

「はっ」

「そう畏まらずとも良い」


 だからって敬語外したら打首ですやん。

 いやお前はゼロか百しか無いんか、って話だけど。村にいたら敬語使う機会とか無いんだよなぁ……。

 最低限の礼儀は師匠に教わったけどさ。


「お主が【聖騎士】を授かったアルスか。儂が生きている内にその職業を拝めるとな思わなんだ」

「はっ、有り難いことに【性騎士】を授かりました」


 嘘は言ってないヨ。

 ちょっとニュアンスと当事者意識が違うだけだヨ。もう誤魔化せる領域に無いし認めるしかねぇんだよなぁ! クソが!

 

「すでに【黒騎士】より話は聞いておる。Lv.1の身でありながら奴のスキル攻撃を防いだらしいな。今一度、その力を見せてはくれんか?」 

「………………はっ!」


 断れば死なんよ。このセリフ何回目だ。

 端から断れないことを質問にするのやめてもらってもいいですかね。

 全然好きなタイプは? 性癖は? とか聞かれたら喜んで答えるんだけどね。


 俺が心中渋々に頷くと、どこからともなくローブを羽織った妖艶な女性が現れた。


 うひょおーー! こういうのこういうの!

 こういうの持ってたんだよ俺は!!!


 もうおっぱい出てんじゃんほぼ!

 何でローブ着てんのに前がら空きなんだよ! 意味ないだろ!! 谷間にほくろあるのエロすぎだろ!


 内心大興奮の俺であった。

 黒髪ロングで、垂れ目の妖艶なお姉さん。

 こんな要素があって興奮しないのは逆に失礼だと思う。


 そんなゲスな心は、次の王のセリフによって消えた。


「彼女は宮廷魔術師団長だ。Lvは86。今から威力を絞った魔法を放つからスキルで防ぐのじゃ」

「……はっ!?」

「じゃあ撃つね〜」


 違う! 今のは了解の「はっ!」じゃないんだ!! ……あの。撃つね、じゃなくて。

 焦りでテンパる俺だが、状況は待ってくれず、お姉さんが徐ろに放った火球が目の前に迫っていた。


 ちょ、建物の中で火の魔法使うやつがどこにいるんだよ!!


「くっそ、やるしかねぇじゃねぇか──【性なる盾ホーリーシールド】!!」


 今度は蛇口から出る水を絞るように、使う性欲の量を減らしていく。

 宣言通り魔法には余り威力が籠ってないように見えたし、これなら大した性欲を使わずに防げるはずだ。


「おお! これが【聖騎士】のスキルか!」


 ──俺の目の前に光り輝く盾が出現し、火の魔法を完璧に防ぎ切った。

 それと同時に微かな脱力感が襲う。

 

 そして──世界がキラキラしているようだ。

 

「ふぅ……どうでしょうか。これが私の力です」

「うむ、間違いなく【聖騎士】の力のようだ。今日はその確認がしたかったのじゃ。話に聞くのと実際に見るのとじゃまた違うからのう。詳しい話は後日追って話す。下がって良いぞ」

「はっ、失礼いたします」


 どうやらの誤解は解けたようだ。

 まあ、誤解ではないのだけれどね。聖か性の違いだし。

 生命の誕生と言い換えれば神聖だし。


 玉座の間を出る。

 さて、トレーニング……いや、太陽を見ながら優雅に過ご──待て待て待て何だこの丁寧な暮らしみたいな思考は。


だけど俺じゃない、みたいな謎の感じになってたんだけど……これが性欲を消費するってことか……」


 今度はちゃんと記憶もあったけども……。

 あれ、思ったよりデメリット多くね?

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る