第19話「ソルヴィア崩国す」

「馬鹿な!」


イングラムの声が城内に木霊する。

人が大勢いるはずのこの場所で数多くの兵士や民間人が倒れており、黄金のタイルを血の赤に染めていた。


必死に戦ったであろう4人の兵士たちは

無数の矢を受けて仁王立ちしている。

まるで弁慶の最期を再現しているようだった。


「……誰か、誰か返事をしてくれ!

誰でもいい!声を上げろ!」


「ぅ————ぁ」


イングラムの叫びが届いたのか、地に伏しているひとりの兵士が絞り出すような声をあげる。彼はそのわずかな声を聞き逃さなかった。


「は、ハーウェイ卿……ぅっ──」


「大丈夫か!?」


彼は国の門番をやっていた兵士だった。

薬草を撮りに行く時に、貴族達を警戒しておけと伝えたあの兵士だ。


(酷い傷だ……)


イングラムは駆け寄って倒れた兵士の前で屈み、優しく抱き抱える。彼の身を守っていた鎧は何か凄まじい圧力で捻り潰されたような跡が無数にあり、背中からは既に凝固しかけている血液が大量に付着していた。むしろ、よく生き残っていたと称賛するべきだろう。


「わ、私はもう助かりません……ハーウェイ卿……どうか、王をお助けください」


「王が生きているのか!?

どこにいる!?」


「————ぉ、……あ……」


言葉は徐々に小さくなっていき、イングラムを捉えていた両目にも光が失われて行く


「おい!しっかりしろ!」


その言葉を聞き届けた直後に、門番兵は事切れた。虚ろな瞳で最期までイングラムを見ていたその瞳を、ゆっくりと閉じてやる。


「……お前たちの仇は必ずとる」


兵士の手を強く握りながら、最強のインペリアルガードは固く違う。

この国で犠牲になってしまった全ての尊い命に。


決意と共に立ち上がったその瞬間、無数の黒い影がイングラムを取り囲むように出現した。おそらく柱の影から観察していたのだろう。全身を覆い隠すほどの黒い布を被りながら、人ならざる動きをしている。

数は5体ほどだ。そいつらは丸い筒状の物を口元らしき部分に寄せて、ふっ、と息を吐き出した。


直撃寸前に、イングラムは腰を屈めてその吹き矢を避けた。それは、後ろにいた取り巻きに直撃する。苦しそうなうめきを声を上げて倒れ込んだ。


(こいつらが、ソルヴィアを滅ぼした連中か!)


四方面から一斉に吹き突ける黒ずくめたち。しかしイングラムはそれを跳躍して躱した。体を反転させて、飛び蹴りを降下先にいるひとりに喰らわせる。黒ずくめの骨が折れるような音が聞こえた。倒れ込まなかったのはイングラムに取って好機だった。


よろけているその身を羽交い締めして

周囲の取り巻きを睥睨する。

この者たちの胸元にある小さな鞘を奪取して刃先を首元に近づける。

そしてイングラムは、眼前の取り巻きに向かってナイフのような物を投擲する。


ざくりと刺さる。黒ずくめの一体は喉元を押さえながら仰向けに倒れた。


拘束しているモノは抵抗するが、イングラムの力が予想以上に強いのだろう。男は両腕で引き剥がそうとしてもびくともしていない。


最強の騎士は拘束したまま背後にいる取り巻きの首を後ろ蹴りでへし折る。

そして左側に吹き矢を吹き出した敵に対して拘束していた黒ずくめを突き出し、それに驚いている右側の一体の頭上を跳躍して顔面に膝蹴りをかます。


取り巻きが避けきれずに共倒れになるのを確認すると、最後の一人に向けて突貫する。驚愕しているのか、その身を後ろへと後退させている。


「逃すか!」


腹部に強烈な膝蹴りの後、相手の顔面を支点にして背後へぐるりと回り込み羽交い締めする。そして、再度胸元の鞘からナイフらしきものを取り出して刃先を突き付けた。


「言え、貴様らは何者だ!なぜこの国を襲った!?」


「————————」


それは答えない。この顔を覆っている何かが邪魔をしているのか、ならば剥ぎ取って無理やり口を割らせるまでだ。


布に手を取って、イングラムは顔を確認しようとする、が————


直後に凄まじい悪感が襲ってくる。

イングラムは反射的に後方に跳躍して、槍を構えた。


(……なんだ、今のは)


しかし、相手はドサリと倒れたまま動かなくなった。イングラムは再び確認しようとするが、それらは砂で出来た城のようにさらさらと崩れていく。その肉体も、全身の衣服も、手にしていた筒も全て


「……これは、一体!?」


同じ黒ずくめの何かはチリすら残らずに

消えた。後に残るのはこの国の兵士の亡骸のみ。


「今は王のところへ向かわねば……」


疑問を抱きながらも、イングラムは

王室へと向かう。





えっの目の前までたどり着いたイングラムはその扉を開けた。


「王よ、ご無事ですか!」


「————————」


王は黙したまま、どこか遠くを見ていた。

しかし、どこか様子がおかしい。


「イングラム……ここへ来てはならん。

ワシの心臓に爆弾が埋め込まれてしまった。もう後数分もないだろう」


儚げな表情を浮かべていた王の顔は絵画のようにどこか美しかった。


「イングラム、今よりインペリアルガードの任を解く。これからは、本来の目的のために生きよ」


「なにを————」


「お前は元より人を探していたのだろう?

2年も儂の元に置いていてすまなかったな。その気持ちも汲んでやれず、頼りにしすぎてしまっていた。申し訳ない」


そんなことはない。とイングラムは否定する。この国で数多の人に出会い、様々な経験をしてした。それは、この国の、この王の元でなければできなかったことばかりだ。


「お前はやはり忠義の騎士だ……!どうか生き延びて、皆の仇を取ってくれ……!」


そう言うと王は、一通の手紙をイングラムの足下へ投げ込んだ。


「さぁ、ここかから離れるのだ!イングラム!」


「王よ!」


「最期の命令だ!!!!!行け!生きるのだ!」


イングラムは顔を逸らして苦悶の声を漏らす。彼の足元に舞い降りた紙が、淡い光を放つ。


〈テレポートを開始します〉


テレポート機能のついた紙は、イングラムごとどこかの場所へと飛ばした。


そしてただ独り残った王は虚しさの中に取り残されながらも天井をゆっくりと見上げて呟く


「我が人生、悔いはない。最期に良き部下に巡り合えた。これほど嬉しいことはない」


わははははとソルヴィア王は笑う。

悔いの残らないように、その命が果てるその瞬間まで。





平和の象徴だったソルヴィアが爆発する。

まるで巨大な爆弾が天空から落とされたように、大きな炎と大きな雲が歪な形で空へと立ち昇り、周辺に強烈な風圧と瓦礫の破片が一変に飛び散っていく。国があったはずの場所は夕陽のように真っ赤に燃えていた。守れるはずだった国が平和と陰謀が渦巻いたあの国が跡形もなく消えていく。

人々の声も、王の命令も、空の彼方へと

消えていった。


そこから十数キロ離れた場所にイングラムは飛ばされていた。


「クソッ!俺がもっと早く行動していればこんなことにはならなかったんだ!」


今までに発露したことのない怒りが熱気となって全身を包み込む。何がいけなかったのか、何が悪かったのか。なぜこんなことになったのか。


自己否定な考えが映画のフィルム写真のように頭の中で勝手に形作られていく。

要らない、不要なのだと理解していても

脳が勝手にそうしてしまう。


「……くっ、申し訳ありません。王よ、あなたを最期までお守り出来なかったことをお許しください」


イングラムは胸に付けていたインペリアルガードの証を取り外して、空へと投げ捨てた。もうあの国もあの王は居ないのだ。なら、こんなものをつけていたところで意味はない。


後悔の念は尽きないが、気持ちの区切りはつけねばなるまい。イングラムはソルヴィア国へ背を向けて歩き始めた。


〈イングラムくん、イングラムくん!

無事なら応答してくれ!〉


「あぁ……ルークか?」


電子媒体の着信音がなると、イングラムの耳小骨が緩やかに振動する。これの効果で相手の声が周囲に聞かれることはない。


〈よかった!無事だったんだね!リルルちゃんは保護できたよ〉


「……そうか、あの子は無事か」


〈あぁ、でも相当怖い思いをしたらしい。

さっきから口を開かないんだ……君が来てくれれば何か変わるかもしれない。悪いんだけどソルヴィア領国外の宿まで来てくれるかい?座標は送っておくから〉


リルルが助かった。自分の手で救えなかったことが心残りだが、今回の件が彼女のトラウマになっている可能性も充分あり得る。


「わかった、すぐ向かう」


電子媒体の通信機能を切断して、送られてきた座標を確認する。


「そう遠くないな」


イングラムはひとまず安堵する。今は彼女に寄り添うことが大切だ。未だに後悔の念はあるが、今はそれを心の奥に仕舞わなければならない。





10分程して、目的地の宿へと到着した。

しっかりとしたレンガ質の小さな作りで、

煙突からは煙が昇っている。そこの入り口に、ルークとリルルは立っていた。


「やあ、イングラムくん。無事で良かった。手間をかけさせてごめんね」


「いや、気にするな」


そう返答すると、イングラムの視線はルークのマントをギュッと握っているリルルに向いた。


「リルル……」


「騎士……様?」


涙声で顔を覗かせるリルル。イングラムだとわかると、彼女は一目散に駆け寄り、抱きついた。


「騎士様……騎士様ぁ!私、私……怖かった」


「あぁ、すまないリルル。もっと早く来ていればこんなことには……」


騎士の鎧は少女の涙に濡れる。そしてリルルはゆっくりと顔を上げた。


「お爺ちゃんもお父さんもお婆ちゃんも……みんな、みんなお面を被った変な人が死なせたの……、ペタペタした赤いのがずぅっと出てたの……」


少女は目に見たこと、聞いたこと、感じたことを口にする。しかし、イングラムはそんなことを聞きたくはなかった。リルルを優しく、強く抱きしめる。


「もういい、もういいんだリルル。それ以上は何も言うな」


優しく頭を撫でてやる。あの時のように団欒としているわけではないが、この子が少しでも安心できるのならこれが一番いいのだ。


(俺は、俺はソルヴィアをこの手で守れなかった、救えなかった。でも、この子は生き残っていてくれた。あの子の家族の手向けとして、俺はこの子を………)


守ると誓おう。イングラムは強い想いで

自分自身にそう誓った。


「リルル、今日はお休みしよう。お風呂に入ってさっぱりして、ゆっくりしよう。今日は友人ののルークも一緒にいる。何があっても絶対に守るからな」


「うん……」


イングラムはリルルを抱える。ルークは先導して宿へ入っていく。


「おやじさん、お久しぶりです。」


「おう、ルークの兄ちゃんか!話は耳に届いてるぜ、気が済むまでゆっくりしてけ、宿代はつけとくからよ!」


「ありがとうございます。じゃあイングラムくん、後でね」


「あぁ」


イングラムとリルルは浴場へルークは布団などの用意のために一足先に部屋へと向かっていった。






2人は入浴を済ませ、浴衣を着る。イングラムはリルルの手を引いて、部屋に向かう。


「……お、来たね。用意は出来てるからゆっくりするといい。俺はお風呂に浸かってくるよ。」


「ありがとうルーク」


ルークは笑顔で手を振りながら襖を閉める。そして、うとうとし始めているリルルに優しく布団を掛けて、肩を優しく叩き始める。


「騎士様……、あのね?手を握ってもいい?」


「あぁ、ずっと握っていてくれ」


小さな両手で、騎士の手を離さないように強く握る。その手は、小刻みに震えていた。


「騎士様の手、暖かいね……」



手とは裏腹にリルルはそう呟くと、うとうとと瞼をパチパチし始める。今回の件で相当な疲労が溜まっていたのだろう。この歳では無理もない。


「さぁ、リルル。もう眠ろう。もう大丈夫。だから安心して休むんだ」


この子だけは絶対に守り抜いてみせる。

ソルヴィアの遺したただ一つの命をイングラムは放さぬように、手を優しくしかし強く握った。


「うん、お休みなさい。騎士様」


「お休み、リルル」


ふたりはお互いにそう言うと、視界は徐々に暗くなっていき、やがて夢の世界へと落ちていった。

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