第18話「終国」

ヴェルザンディが天に召されたとほぼ同じタイミングで、鍛冶屋のエルフからイングラムの槍とルークの剣と鞘が転送されて来た。彼らはそれぞれの武器を手に取ってみる。


「軽い……!それに、風を切る音も聞こえるぞ……!」


「あぁ、俺の槍も感覚が研ぎ澄まされたようだ、いい音がする」


ふたりの感想に満足したのか、彼女は武器を強化した素材について語り始めた。


「あなあたちの武器の補修についてだけど、軽く説明させてちょうだい。

まずはルーク、あなたの風属性をより精密かつ密集させられるようにこの森にある風宿しの実と風鉱石で強化させてもらったわ。刀身もご覧の通り。あなたはこの国の属性と相性が良いみたいね。次にイングラム、そっちは折れていなかったから雷鉱石のみのでの修復だったけれど、並大抵じゃ刃こぼれしないようになったから、今度試突きでもしてご覧なさいな」


「「はいっ、ありがとうございます!」」


各々武器を仕舞うと、改めて深いお辞儀をする。スクルドもそれに感心し、クスクスと笑う。


「私がここに降りて最初に会った人間があなたたちで本当によかった。何かあればいつでも電子媒体で連絡をちょうだい」


と、その台詞が呟かれた直後にイングラムの電子媒体からスクルドがいつのまにか追加されていた。


「ふふ、ノルンの成せる技よ

さあ、戻りなさい。ソルヴィア王国へ」


スクルドは手を前にスッと出して、RPGの王様みたいな台詞を呟いた。


その言葉に2人は頷いて背を向けて

歩き始める。ノルンの未来を司る女神は、2人が森の奥深くへ消えるその時まで目を離すことはなかった。


視線だけは外さず、スクルドは、姿が見えなくなるまで戦士たちを見送るのだった。

ファクシーに戻ったのだった。


◇◇◇


ふたりは森を抜けた後、悠々と帰路についていた。野生モンスターたちも、今この時だけは出現する様子はない。

道中倒したモンゴリアン・デスワームの死体も綺麗さっぱりなくなっている。


「いやぁしかし、お互い大健闘だったね」


「あぁ、しかし腕を斬るとは思わなかった」


ふたりは笑いあいながら森の王国を想う。

スクルド皇女はとても良い王だし、その側近たちも悪いエルフばかりではなかった。国民たちの移住が終わったなら、今度は対戦メンバーを変えて、一つ手合わせしてもいいかもしれない。


「いい場所だったね。あそこなら、きっとイングラムくんの国の民たちも喜ぶと想うよ」


「あぁ、そうだといいな」




そんなことを話しながら、ふたりはファクシーへ向かう途中で宿泊した村へ到着した。しかし、目に飛び込んできた風景は

あの時のものとは全く異なるものだった。


建物は半壊していて、地形は変わっている。所々肉と血の焼けるような匂いが鼻を強烈に刺激した。


「禍々しい炎だ……まるで怪獣が吐き出したみたいに……」


「さっき言ってたソラリスにいる神が気まぐれでこんなことを起こしたとでも言うのか?」


だがその可能性も充分ある。ヴェルザンディのように人間嫌いの神が気まぐれで起こす攻撃。それにより多くの被害が生まれるだろう。


「……人間好きの神が止めるんじゃないかな。きっと…スクルドさんみたいに改心しててさ」


確かに、ファクシーにいた皇女スクルドは

紀元前の王位在位の際は魔術を用いて人を嬲り、ワルキューレの力を利用して首から下を引き剥がしたりしていたらしい。


だが、この長い年月の中で考え方や価値観が変わったのだろう。人がそうであるように、神もまた成長するのだ。


だからこそ、あの緑豊かな国、エルフ達や精霊たちが楽しそうに暮らしている光景が第一に目に飛び込んできたのだから。


「あぁ、きっとそうだろう。人間を好きだという神々が説得してくれたと思うしかない。ならばこれは————」


人の手により引き起こされた災害だろう。

この場に漂う魔術の気配と、それに入り混じった執念や怨みといったものが、全てを塵芥にせんと業火と化したのだろう。


ルークの拳には力が込められていた。グローブから滲み出ている血が、悔しさを言葉にせずとも表している。


「……イングラムくん、俺は先に行く。

もしかしたら、間に合うかもしれないから」


「わかった、俺もすぐ後を追う」


「……どうしたんだい?」


「リルルという女の子が無事なら、助けてあげてくれないか。お前の電子媒体に情報を送信しておく」


ピコン、とルークの電子媒体にリルルの情報が送信される。それを一瞬眺めたあと、

イングラムに視線を投げた。


「君はどうするんだ?」


「俺は王を助けに裏ルートから潜入する。正門は任せたぞ」


ルークはイングラムに頷いて建物へと跳躍して消えていった。


「リルル……無事でいろよ」


イングラムは彼女の身を案じて

ソルヴィアへと駆け出した。




漆黒の業火がソルヴィア王国焼き尽くす。

逃げ惑う若者、声を上げて泣く子供

血塗れになって地に伏せる老人。

それを眺めて、愉悦と感じる、ひとりの老人がいた。頭髪の真ん中は綺麗に剃られており、両サイドは肩までかかる白髪の髪が

炎に揺らめいていた。時代錯誤な衣装を身に包みながら、自身の身体の一部である杖を片手に、クツクツと嗤う。


「ホホホ、愉快や愉快……無力な人間たちの不様な姿は実に心地が良いのぅ」


「呪術師殿!またひとりこの国の人間を見つけました!」


兵士が両腕を縛った状態で女性を引きずって、呪術師と呼ばれた老人の目の前に突き出して正座させられる。


「そこなおなごよ」


「ひ……っ!な、なんでございますか」


怯えた表情を浮かべて、問う。


「儂は退屈でのぅ、何か余興をしてみせてくれんか?もし満足させられればそなたの一族は生かしてやってもいい」


「余興……で、では……家畜の真似でも……」


「ほぉ?どれ、やってみせてくれ」


一筋の光を潤んだ瞳に宿して女は正座のまま、家畜の鳴き真似をした。


「ブゥブゥ、モゥモゥ、メェメェ…」


渾身の演技、自身の身と家族を守るために

幼き頃に見た記憶にある動物たちを真似る。そして————


「くっ……ふふふ……あははははははは!!!!」


男は顔に手を当てて腹の底から嗤う。

愉快である、と嗤う。


「で、では……!私と家族の命は!」


「ククク……素晴らしい。では助命の術を此奴に施してもらうとしよう。魔術師よ」


「わかった……」


未だ震える顔から手を離さない呪術師は魔術師を呼ぶ。不気味な青い炎が一瞬立ち昇ったかと思うと、黒紫色のロープに身を包み、鉛色の仮面で顔を覆った男が傍に現れた。


「この女、お主の好きにするかいい。儂は次の余興を探しに向かうぞ」


「いいだろう、好きにするがいい」


杖を地面に突きながら、老人は女の目の前からしっかりとした足取りで去っていく。

そして、代わりに仮面を被った魔術師が立ちはだかった。


「さて、ではあなたに魔法をかけてあげましょう。これは、愛が成せる技……全ての苦悩から解放してあげよう」


額に人差し指を強く押し込む。


「あ……あぁぁぁああああ!!!!!!!

がぁあぁぁぁあああ!!!!!!」


女は突如、絶叫した。毒が這い回るような激痛が全身を血液のように走り巡る。女は拘束具をありえない怪力で引きちぎり野獣のように吠える。


そして激しくのたうちまわったあとに

まるで人形のように動きが止まった。


「さぁ、家族を貪って来い。そうすればすぐその苦しみとサヨナラ……」


そう命令すると、額の呪詛は黒く光る。

そして女の表情は喜怒哀楽の判断がつかないほど酷いものに変化していった。


「がぁぁぁ!!」


呪詛が脳の中の家族との最後の記録を

無理やり再生させる。我が子の匂い、我が夫の声我が両親の姿形を女だったモノは、

それを頼りに業火を潜り抜けて消えた。


「ふっ、家族に手を下すのは俺じゃあない。自分自身さ……ははは!」


仮面の魔術師は周囲を舐め回すように眺める。焼かれながらのたうちまわる人々。

鮮血を吹き出しながら患部を押さえて泣く者。愛する家族を喰らう者たち。

ここはもう全てが平等の国ではなくなってしまった。最早、地獄絵図だ。魔術師はそれを見て、不気味に嗤う。


「……ん、このマナの嫌な感じ、来たか!!」


強きマナを感じとり、狂った声を上げる魔術師。そして————


風の戦士は、崩壊寸前の国に降り立った。

上空から緩やかに着地するそれは

この惨状を見て怒りを吐き捨てる。


「くそ、遅かったか──!」


(予想より速く帰ってきたようだな。ここで姿を見られるわけにはいかない。ククク、まだまだ余興はこれからだぞ?)


青黒い炎が魔術師を包み込み

その場には塵一つ残ることなく、姿形を消したのだった。


「馬鹿な、まるでゾンビパニックだ!」


「がぁぁぁ!!!!!」


額に呪詛を宿した亜人たちがルークに突貫してくる。ルークは剣を抜いて一刀のもとに両断した。彼らの断末魔が炎に消えていく。


「くっ……すまない!」


意識がまだあったであろう彼らを、殺めてしまった、他にも方法があったのかもしれないのに、今のルークには斬るという選択肢しか選ぶことができないのだ。


「俺がもう少し、早く来ていれば……いや、今はあの子を、リルルを探そう……」


後悔を口にだすよりも、友との約束を優先する。ルークはぼやける電子媒体を頼りに少女リルルの家まで駆けていく。





「いや!お爺ちゃんもお婆ちゃんもお父さんも、みんなで一緒に逃げるの!」


炎が出現した際に発生した熱を帯びた突風により、元々脆かったリルルの家は容易に倒壊した。そして、リルル以外の家族は全員家の下敷きとなっていた。かろうじて、上半身だけがはみ出ていたが、幼い少女は泣きながら、血みどろの祖父の手を離さない。


「リルル……言うことを聞くんじゃ!

このままではみんな死んでしまう!」


「それでも————」


「ダメだリルル!お母さんは何があっても、お前に生きてほしいと願ったんだ!天国に逝くその瞬間までずっと————」


家族の時間を掻き消すような嗤いが炎の中でこだまする。


「あぁ、感動的な最期だ……娘の身を案じる家族……素晴らしいじゃないか」


拍手をしながら、またもや仮面の魔術師は

姿を現した。クククと笑いを堪えながら

素晴らしいと吐き捨てる。


その声に驚いたのか、リルルは振り返って懇願する。この人ならば、もしかしたら。

すぐ傍まで駆け寄って、服を強く引っぱる。


「ねぇ、お願い、みんなを助けて!!!」


その言葉を聞いた途端、拍手を止めて

少女に問う。その仮面の奥は不気味な笑みで埋め尽くされていた。


「そのお願い、聞き届けた。君のお父さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんを“助けてあげよう”」


仮面の魔術師は囁くように、しかしリルルとその家族に聞こえるように言った後、右手の指を1本ゆっくりと向けて──


風を切るような、炎を断つような一筋の光がリルルに当たらないギリギリの位置で左右と真上を辿っていく。

そして————


ごうっ、と何かが立ち込めるような音が

リルルの耳に突き刺さるように轟いた。


「えっ————?」


掠れるように、絞り出されるように

呟かれた疑問。仮面の魔術師は瓦礫をどかすのでもなく、治療をするのでもなく、ただ嗤う。右手の1本の指からほのかに立ち込める熱気を軽く振るって掻き消すように


「ふふ……さあお嬢ちゃん。君のお望み通りに“助けてあげたよ”」


見てごらん、とでも言うように、左手の人差し指でリルルに背後を見るように施す。


恐る恐る、ゆっくりと振り返る。

そこには、先程まで話していた家族が炎に呑まれていた。

絶句するほどの激痛、全身を這う炎

そして、僅かながらに家族だと分かる

のたうち回る影が————


「あ、あぁ————」


「君が望んだんだ。“助けて“ってね。私はきちんと、お願いを聞き届けてあげたよ」


救えなかった後悔が、何もできなかった無力な自分に覆い被さるように降ってくる。

リルルは無意識に頭を守って涙を零して絶叫する。


「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



それを見て未だに嗤う仮面の魔術師。



「そういえば、まだお礼を貰っていないな……ほら、言ってご覧よ。魔術師様、家族を救ってくださってありがとうございます。ってね」


紫色の小さな電撃の球を、人差し指に浮かべて、また嗤う。しかし————


「やめられよ魔術師殿」


青龍偃月刀にも似た獲物で魔術師を制止する。あと少しでこの少女を手にかけられたというのに、それができずに彼は思わず舌を打つ。


「違和感を感じて来てみれば、なんなのだこの惨劇は」


少女リルルを庇うように前に出る男の名は

紅蓮の騎士を率いるリオウの配下、シュラウド・レーヴェンハイトである。

眉間にシワの寄った鋭いキレ長の目に堅く結んだ口元と、常に険しい表情が、いかにも厳格な武人であるという雰囲気を醸し出している。


「……呪術師より後に合流したものでね。

それよりその獲物、降ろしていただけないか。子供をやり損ねているのでね」


「リオウ殿から授かった貴公の指示は国王を護衛する貴族の排除だ。貴公はそれを破るというのか?」


「————目の前の獲物を逃せ、と?」


人差し指に浮かべた電球を消す気配もないまま、仮面の魔術師は疑問を投げつける。


「民間人たちに手を出せとは、リオウ殿は指示していない!ましてや幼い子の命を──!」


「それならそう付け加えてほしかったものですね。そもそも、彼らが邪魔をしてくるから、こんな惨劇になってしまったのですよ?」


「武器を持たぬ民がどうして妨害出来ようか!魔術で拘束をすれば済む話だったはずだ!」


「まあまあ、これ以上は時間を無駄に浪費するだけ、私は本来の命令を果たしに向かいますよ……それでは」


「————」


瞬間、強烈な風圧がふたりの視界を遮った。そして、深緑の光が一筋の太刀筋となって垂直に振るわれる。


「むっ……!」


青龍偃月刀で不意の一撃を防ぐ、紙一重であった。あと少し反応が遅れていれば、この首は繋がっていなかったかもしれない。


「何奴!」


怒気を孕んだ風は、その問いを叩き捨てる。


「貴様らか……この国の人々を、この子の家をめちゃくちゃにしたのは!」


金属同士がぶつかり合う鍔迫り合い。

ふたりの戦士の視線はついに交差した。


「……貴公、もしや風の剣士か!」


「殺戮者どもに答える必要はない!」


重く速く、それでいて迷いのない鋭い一振りが暴威を振るい、シュラウドを後退させる。


「ぬぅ……!ならば貴公の問いにも答える必要は、あるまい!」


両手で握った鉤鎌刀を下から上へと振るう。それに反撃するように、緑の一撃は

膨大な風の魔力を纏って振り下ろされた。

金属から奏でられたとは思えない凄まじい

音が炎の奏でるものよりも強く響く。


「はぁぁぁぁぁ!!!!!」


怒涛かつ神速の連続攻撃は、シュラウドの防御も反撃も許さない。防ぐ角度を間違えれば身体に風穴が空くだろう。


「ぐ……凄まじき怒りの太刀筋だ。まずは見事、しかし!」


攻撃後の僅かな隙を見つけて鉤鎌刀を振るう。しかし暴風はそれしきで止むものではないことを、わずか数回の交わりで理解していた。


「でぇいっ──!」


無数の属性魔法がレーザーのように照射されて、それが風の剣士の勢いを殺す。


「なにっ!?」


眼には眼を、風には風を

瞬間的に同質量の風をぶつけ合う事で

相手の纏っている風を相殺し、隙を作る。


「殺すなら今ですよ、シュラウド将軍!」


「————」


しかし、シュラウドは構えた武器を下ろす事はない。


「何をしているんです!今がチャンスだと言っている!」


苛立ちが言葉と共に吐き出される。

しかし、シュラウドはあくまで冷静だった。


「なぜ攻撃しない?」


「横槍込みで貴公を殺す──

それは、武人として恥ずべき愚行だ。その子供を連れて行かれよルーク・アーノルド。またいずれ、機会があればその時は————」


「逃がすか!」


仮面の魔術師は怒りを孕んだまま

魔術を無数に放つ。その矛先は、少女リルルにも————


「くっ!」


ルークはリルルに覆い被さるように

その身を守る盾となる。


「……小癪な!」


火、水、雷、風、四つの属性が束になった

追尾式魔法を、偃月刀のただの一振りで削ぎ落とした。まさかの妨害に、仮面の魔術師は舌打ちする。


「将軍……!裏切るつもりですか!」


「否、私は貴公の愚行を止めたまで!

さぁ!ルーク殿、お早く!」


ルークが目を開いく、彼やリルルの身体には魔力痕がない。全てシュラウドが落としてくれたのだろう。ルークは頷いて、リルルを抱き抱えてその場を後にする。


「逃すと————」


懲りない魔術師は未だに追撃せんと

魔法を展開する、しかし


「それ以上は行動は軍議契約違反と見なし、貴公を処断することになりる。理解はされていよう?」


シュラウドが恐喝する。魔術師は再度舌打ちをして、青黒い炎でその身を包んで、今度こそ消えた。


「————ルーク殿、いずれ、また」


炎の明かりに照らされて武人は姿の見えなくなった剣士を想う。今度は正々堂々とまみえるその日までシュラウド将軍は炎の中へ消えていった。

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