お焚き上げ
次駅(じえき)スグ
ひとりかくれんぼ
木村がクマのぬいぐるみを絞め殺したのは必然だった。
木村はいついかなる時もぬいぐるみを持ち歩いたが、同時に疎ましい存在であった。
なによりも愛おしい存在であると同時に、なによりも悍ましく、なによりも憎むべきである。
ぬいぐるみが発話する時、愛らしくチャーミングな外見とは裏腹に、出てくるのは必ず身の毛のよだつ罵詈雑言が常だった。
「ムダゴミガイジオナニー」
これが終わると同時に、最初から同じセリフを吐く。
声だけを聞くと、喉の奥に蜘蛛がベッタリと張り付いた声をしている。
手放す準備は出来ていたが、ぬいぐるみはそうではなかった。
いつだってぬいぐるみは木村の後を追って、よたよたとついてくる。木村がどこに居ようとも。
木村が布団を被って息を潜めると、やがてシーンとなる。
そうしてシーンとなった安堵から布団を捲り上げると、ぬいぐるみは目の前で黒々した目玉を向けて枕元に立っていた。
山へ捨てると木の葉を纏い、海へ捨てると塩を含んだ水を吸い、毛の生えた皮膚を丁寧に裂いて目玉を引きちぎった上でゴミ収集車に運んでもらったとしても、結局次の日にはぬいぐるみは元通りになっていた。
カタカタカタ、歯茎を震わしてぬいぐるみは今日も威勢よく木村を見る。
耳を塞がざるを得ない罵詈雑言が彼を襲った。
翌朝見ると、2つに増えていた。
次の日に見ると4つに増えている。
首の皮膚が膨張すると、薄く内部からの光を浴びて根の張った血管を造影し、胎児の頭のような造形を模したと思うとそれは収縮し、パンっと破裂する。やがて中から綿が口から漏れた泡のように飛び出したかと思えば、そこからまた新たに毛の生えた皮膚の細胞分裂を始め、徐々に足、指、耳、そして頭と、ぬいぐるみの増殖を始めるのだ。
収縮、パンッ、増殖、収縮、パンッ、増殖。
それを繰り返すうちに布団の上にはぬいぐるみの綿の重さがやがて人の重さに変わり、人肌の熱さを伴ったと思えばそれがうだる夏の熱さになり、木村は氷の入った麦茶が飲みたいと手を伸ばした。
するとその上にぬいぐるみが乗り、膨張した皮膚からパンっと破裂し、綿が泡のように飛び出したかと思えばまた腕を覆うように膨張しだすのだ。
再び瞬きをした時、木村の腕から伸びた毛細血管がぬいぐるみの表皮に繋がり、木村もまた膨張を始めた。
木村は腕を切り落とすと、そこから焼けた鉄を押しつけたような熱さが走り、白い液体が漏れ出した。
木村の中からえも言われぬ興奮が走り、それを啜ると、ぬいぐるみが同じようにそれを啜らんとして木村に覆い被さる。
邪魔だ邪魔だ、あっちへ行け。
それを啜ったことでようやく正気を取り戻した木村は、目の端にガスコンロを捉えた。
それを点火し、えいっと横向きに倒すと、ボウボウ火の手が燃え盛って、うぞうぞと無数に部屋を這い回るぬいぐるみの表皮と、泡の全てを焼き切って、最後に目玉だけがこちらを見た。
畳と布団に燃え移った所でようやく木村自身も火の舌に舐められ、意識を失った。
カチコチと時計の長針が傾く音がする。
目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
おお、燃やせば彼らは消えるのだ。
休めるぞ、これからはぬいぐるみを燃やすことに専念しようか。
そして問診を受けるために立ち上がり、医者の元へと行った。
医者もまた、放火を犯した木村を鼻白んで迎えたが、驚くべきはその声だった。
喉の奥にベッタリと蜘蛛が張り付いたような声で、ぬいぐるみと同じように喋るのだ。
「ムダゴミガイジハレルヤ」
それが終わると毛細血管に針を突き刺し、なにかを注射した。
皮膚が裂ける。皮膚を食い破る。
おそるおそる医者を見ると、避けた首から音がした。
パンッ。
お焚き上げ 次駅(じえき)スグ @doro_guruma
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