14話 翠の貴公子

 ラミュマは自分を迎えに来てくれる王子様を待ち焦がれていた。

 そして、その理想の王子様の姿をあの日あの晩、混濁とする意識の中で見たというのだ。


 バリガンに公開プロポーズをされたとき、ラミュマが動揺していたのは何故なのか。

 それは、目の前で自分の理想のシチュエーションが巻き起こっていたからだった。女の子なら誰もが羨むような告白に、ラミュマは羨んでいたのだ。


「あの日から私は、再び彼と再会した時に恥ずかしくない立派な淑女たらんとし、自分自身を見つめ直しました。」

「そう!全ては『翠の貴公子様』に私が素晴らしい人間であると思っていただく為に!!」


 『翠の貴公子』とは。

 ラミュマは翠の瞳に逆立った緑の髪、黒いマントを纏う姿をおぼろげながら見たという。


 しかしながら、その正体はシーニャだ。

 翠の瞳と髪とは極閃魔法による外見の変化で、黒いマントとは極閃魔法で巻き起こした黒い風。逆立っているとは、魔力により髪が上向きにばさついている時の事を指すのだろう。


 シーニャは困惑していた。


「あのー……。あのですね?

 ラミュマさんほどに素敵な方が、そんな正体も分からない男に恋慕するなど似つかわしくないのでは……?

 どこかの家の貴族どころか、根無しの貧乏人かもしれませんよ。」


 ある意味嘘は言っていない。

 特段貧乏という訳ではないが、シーニャは貴族でもなんでもない。


「そんな事気にしませんわ!もしもという時、全てを投げ出してでも彼の元へと向かう覚悟は出来ておりますもの!この想い、これこそが運命……というものなのでしょうか。」


「はいぃ!?」


 ラミュマの言葉に思わずシーニャはすっとんきょうな声を上げる。

 運命のといったスピリチュアルな言葉は、徹底した現実主義者なシーニャにとってなんとも馴染みのないものであったからだ。


「はっ!もしやシーニャさん……。」


「うっ。(バ、バレた……?)」


 ラミュマの目つきが疑いの意味を孕んだものに変わった瞬間、シーニャは自分の心臓が大きく跳ね、それと同時に冷や汗の垂れる感触が分かった。

 生唾をごくりと飲み込む。ラミュマの、次の言葉が紡がれるのをゆっくりと待つ。


「貴女も『翠の貴公子』様をお慕いしているのですか!?」


(そっちかあ。)


 思わず身体が脱力した。想像以上に、彼女の中で『翠の貴公子』の虚像は大きいらしい。


「あー……。いや……その。

 私は意識を失ってしまっていましたので、そもそもその彼の姿を知らないんですよ。学院の近くに私達が居て、そこから少し早くにラミュマさんを私室に運んだんです。」


「まあ!そうだったんですのね!」


 ラミュマは、ぱあっと表情が明るくなる。

 彼女にとってそれほどに大きい意味合いを持つのだと理解した。


「次はいつ会えるでしょうか?

 それまでに、貴女と共に立派な淑女にならねばなりません。もし彼が貴女を選んでも、他でもないシーニャであれば喜ばしいと思っております。

 頑張りましょうねシーニャ!」


「あ、あはは……そう、です、ね?」


 かくしてシーニャの危惧していたような事態は起こらずに済んだのだ。

 ラミュマはシーニャの正体に気付いていないどころか別人だと思っており、あれがシーニャであるとは露にも思っていない。考え得る限りに最良の状態ではある。

 だが、その結果に『その謎の人物にラミュマが慕情を抱く』というものが付随しているだけなのだ。それだけで、これまで面倒な事態になってしまうものか。


(……なんか。

 想像していたのとは違う方向に、ややこしくなってしまったような気が。)


(………………。)


(まあ、いいか!)


 シーニャは、深く考えないようにした。




【7章『懸る』 完】

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