2話 生と死の天秤

「ああ、そうだ。シーニャ、回復魔法を勉強するって言ってたろう。

 ウズの村に招いた兄妹が居て、その妹のパピィの事でね……。」


「はい?」


 パピィの事についてシーニャに尋ねる。シーニャにはまだ説明をしていなかった。

 ウズの村まで飛んでいって、パピィが実験台になってくれるのだと話す。


「ウズの村まで飛んで行って私が一人で回復魔法を……。へえ、面白いですね。勿論行きましょう。」


「おい、ウズの村まではおおよそ3日はかかるぞ。往復すれば行き来だけで一週間だ。

 休学でもするのか?」


「シーニャなら飛んでいけばいいよ。週末の授業終わりの夜に飛んでいけば休日2日丸々ウズの村に滞在して、休み明けには夜中に飛べば学院に着く。

 西の荒地を辿れば人目に触れる事もない。」


「飛ぶ……浮き上がる程度が出来る魔法使いは確かにいるが、そんな長距離を飛ぶ事が可能な魔法使いは聞いた事が無いぞ。」


「できますよ。

 疲れはしますので、前後に休みが必要ではありますし、重くなっちゃうので私一人じゃないとダメですが。」


 そう、シーニャの風魔法は並外れている。

 出力でなく、制御がだ。人一人の体重の制御などそうそう出来るものではない。

 数秒浮き上がって移動する、というのなら不可能ではない。強化魔法を足にかけて飛び上がる事だってできるし、なんなら炎だって氷だって、下に熱風や凍える風を巻き起こし疑似的に再現できる。

 だが移動手段のように長距離移動の間を維持したり、自由自在にふわふわと飛び回るような者はいない。少なくとも、このフーニカールの公の記録には残っていないのだ。


「ところで、回復魔法をイチから習うのでしばらくの間は空くと思います。その子をお待たせするのは申し訳ありませんね。」


「良いよ。ワラチフもパピィもすぐにできるだなんて思っちゃいない。なんなら数年かかったっていい、というのが僕と彼らの見識だ。」


「ありがとうございます。

 しかし治す人間が居るというならやる気も湧きますね。」


 実の所、僕の狙いはこれだった。

 シーニャにモチベーションを抱かせ、少しでも早く習得してもらおうという魂胆だ。こんなものなくともささっと出来てしまうかもしれないが、明確に目標が出来るというのならそれはそれでいい。

 そして、もし出来なかったりシーニャが拒否をしたのなら、僕の責任になる。そしてその瞬間には、もうワラチフとパピィは僕の部下であり僕の領民であるのだから、その治療費を負担してなんらおかしくない状況を作り出せるのだ。


「シーニャさん、君は人を殺すのが楽しいのに、治すのも楽しいのか?」


「はい?ええまあ、はい。

 生きるというのは素晴らしいです。その少年やその妹、そして私と同じ年頃の人間が次代の社会を形成していくものです。

 その上で彼女を治せるのなら素晴らしいという他にありません。

 私が回復魔法を実戦的に学べる事も相まって、断る理由がありません。」


「でも、殺すのが楽しいんだろ?」


「はい!命が消える境界が最も滾ります!」


 アルマスは顎に手を当て、思案する。ぐるぐると考えているようだ。

 これは、仕方がない。

 騎士として、貴族としての教育の真逆を行くような言動をしているのに、それらが理論立てられ、その上でどうしようもなく歪んだ状態で成立している。


「…………わからん。」


 1分ほど考えたが、結論は出なかったらしい。

 せめてもの、とアルマスはシーニャに質問した。


「俺は頭が固い自覚がある。そんな俺にもこんなにおっぴろげに話して良かったのか?」


「レイさんが臣下に引き入れたというのなら、アルマスさんは信用できるという事です。

 私を理解せずとも、私の存在を排除するのがレイさんの不利益に繋がる為にそうはしない。

 そこまでの判断の出来る方であると思っています。」


「随分とレィナータを信用しているんだな。」


「ありのままの私を受け入れてくれた方ですから。」


 シーニャは恥ずかし気もなく言い放つ。いや、僕だって同じ事を聞かれればそう答えるだろうが、それでも他者の口から聞くのはなんとも恥ずかしいな。


「ああ、アルマスも僕の事をレイと呼んでくれて構わないよ。

 王としてはレイと名乗るつもりで居る。家族との訣別の意味も込めてね。

 他の者からすれば愛称にしか聞こえないだろうし。」


「レイか。成程。

 その訣別には、ロウェオン様も含まれているのか?」


「いいや、兄上は興味が無いだろう。彼に価値を示すなら腕を見せないとね。逆にそれ以外どうでもいいんだ。

 最終的に父上は排除するが、姉上はケースバイケースに対応するつもりで居るよ。」


 我が姉・アリェナ=フォン=カルラシードはサリーを追放した原因ではあるが、それが純粋な悪意かただ幼稚なだけなのかは未だ測りかねていた。

 別に殺さなくていいなら、邪魔をしないなら強引に排斥するつもりもない。



「ああ、ところで。ちょうどいいや。昨日の話を訊きたいな。

 ツバキが掴んだ情報だ。」


「シーニャ、南の小国・ココルア公国使節団の姿が王宮騎士が詰め寄せても一人も居なかったらしい。

 血生臭い痕跡は無かったが、部屋の中がぐちゃぐちゃに荒れていた事から夜逃げしたのだと判断された。

 君、やったか?」


 『やった』の言葉の意味に、一瞬アルマスは気付かなかったようだが数拍置いてハッとする。

 シーニャはあっけらかんと答える。


「やったって殺したかって事ですか?それだったら全員殺しました。

 大丈夫です。今度は痕跡は血の一滴も残しませんでした!」

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