19話 王の道を拓く者
レイとメイド達は、アルマスの独白を聞き切った。
これはきっと、自分にとってどうしようもなく嫌悪する部分であり、それと同時に他者に知られる事を避けたいと願っていた側面であった筈だ。
レイはまさか、自分自身がこれほどに誰かに影響を与えているなど想像だにしていなかった。故にレイ自身にあったのは素直な驚きが先に来た。
「どうした。俺に、怒りはしないのか。」
「いいや。別に。立派じゃないか。」
「立派?」
「別に負けたくない、勝ちたい、誰かよりも良くありたいと思うエゴイズムは悪い事ばかりじゃないと僕は思うよ。それが無ければ人は強くなれない。
事実、君は『秘剣』をその年で会得するまでに至ったんだから。」
「…………。」
アルマスは、レイからの言葉を訊いても煮え切らない表情をしていた。
きっと励ましの為に言ってくれているのでは、と思っているのだろう。確かに励ます為に言っているのは事実だが、これは本当にそう思っているからこそ伝えている。
言葉だけじゃ足りないな、レイはそう判断した。そして、彼の実情を知った今であれば伝えても構わないと。
「アルマス。君に伝えるよ。
僕はこの1年でメリアスの罪を覆し、国家転覆罪を撤回させる。」
「何?」
「そして僕は王になる。
その理由は名誉の為でも使命でもない、3人同時に結婚する為だけに王になる。」
「なっ!?」
それからアルマスには本当の事を伝えた。
メイド達がレイを庇い、その手足と目を喪った事。
その3人に報い、そして女でありながら3人を平等に正妻とする為には王となり、この国そのものを変えねばならないと思った決意と、彼女達を手放したくないというエゴイズムを。
「そう、だったのか。お前も、お前なりに……。」
「ああ。僕も、君が見えるような立派な人間じゃない。
そう見せようと頑張っているだけのハリボテさ。」
「いや。現実に抗って王になる。それがどれほどに厳しい道のりであるのかも、理解しているのだろう。
であるにも関わらず、お前は立ち向かう事を決めたんだ。」
アルマスはそう言うと、メリアスの方へと向き直る。
「メリアスさん、貴女はとっくにレィナータの元で救われていたんですね。」
「はい。私は、生涯を賭してレイ様に仕え、不相応ながらも添い遂げたいと思っております。」
「そうか。……よかった。」
アルマスはそう言うと、少し淋し気な表情を浮かべている。
メリアスが救われたのは喜ばしい事に違いなくとも、それが徒労であるようにも感じられるのは仕方のないことだ。
「でも、何も成せていなかった。そう思っていました。」
「そうだね。僕達は、寧ろ君に感謝しなくてはいけない。」
「感謝だと?」
レイの言葉に、アルマスは驚いた。
何を感謝される事があるというのか。自分が何もしなくとも、メリアスは救われているじゃないか、と。
「メリアスは、自分が何も成せず、残せない人間だと思い込んでいた。国家反逆罪とされてからの扱いはそう思うには十分なものだったんだ。事実、僕と出会った時にはやさぐれていたしね。
僕も彼女には救われたが、それだけでは彼女は認めなかった。だが君という存在が居た事は、メリアスの剣が生み出した確かなものだ。」
メリアスを見ると、まるで母親に玩具を買って貰ったような子供のように、背すじを張って息を深く吸っていた。
「私の剣は、誰かを変えるに値するもの、だったのだな。」
アルマスの言葉で、メリアスは救われたのだ。これに感謝をしなくてどうするものか。その様子を見ているサリーとツバキも、ほっとしたようにニコニコしている。
実の所目下の悩みであったのも事実だ。彼女のコンプレックスは、彼女の身内である僕達に否定する事の出来ないものであったし、ただ紛らわせる事しか出来なかった。そんなメリアスを肯定してくれたというだけで、万雷の拍手にも等しい称賛を送る価値がある。
「……そうか。
俺の半生を捧げた鍛錬は、ちゃんと意味があったんだな。」
そう言うと、座り込んでいたアルマスは立ち上がり一度大きくぐぐりと伸びをした。
共に裏山の闘技場を出た。夕方に来たのに、もう周囲は闇夜の帳が下りている。夜の空気を吸いながら、学院へと戻る。
「レィナータ。」
そう言うとアルマスは剣を抜く。
何のつもりだ、とレイピアに手をかけようとするも、アルマスは自らの剣を地面に突き刺した。
「お前の手から、俺に剣を渡してくれ。」
かつて、メリアスにレイが疑似的に行った騎士の誓い。
それを今、アルマスはレイを主君とし、それをしたいと言っているのだ。
「良いのかい。僕に付いて来るのは相当に泥船だと思うが。」
「仕える人間ぐらい俺が俺自身で決めるさ。
ベルヴェルグ家だが三男だし、その自由だ。そしてお前は辺境伯という地位もある。仕えるのは、十分な条件が揃っている。」
「ああ、分かったよ。じゃあ遠慮なく。」
アルマスは膝を突いて跪く。
アルマスの剣をレイは手に取り、宣誓を始めた。
「騎士アルマス。」
「汝、天上におわす戦が神ハールバルズへと宣誓するか。」
「騎士として、我が身元へ誓いを立てる事を。」
主は辺境伯。
剣は鉄の剣。
場所は決闘場の入り口。
騎士は貴族の子。
「――誓います、我が主よ。」
「私は、国に奉仕し、臣民を守り、友を援け、悪の暴虐を挫き、そして主に我が身命を賭すことを。」
「私は、貴公の王の道を拓く者となりましょう。」
メリアスの時とは違う。正式な騎士の誓いだ。
鉄剣の腹でアルマスの肩を叩く。そして差し出された左手に、アルマスが唇を添える。
「神の御元において汝が罪は濯がれ、騎士として遍くを守護せん。」
そしてこうして、レイの二人目のメイド達以外の臣下が生まれ、それと同時に二人目の騎士が仕える事となった。
夜天の下にて月明かりに照らされるレイとアルマスの姿は、まるでメリアスの騎士の誓いの時とは真逆のものであれど、その忠誠に違いはなかった。
【5章『その胸の情景』 完】
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