18話 嫌悪

 1


 レィナータ=フォン=カルラシードは魔物を撃退せしめた功績から英雄などと称えられ、カルラシード家の領土を分譲し辺境伯に就任した。

 俺はその日から、レィナータを恨んでいた。他のメイド達がどうかは知らないが、絶対にその功績はメリアスさんのものであるはずなのだ。

 主君であるからと功績を盗み取るなどなんて愚かしい。それはメリアスさんを排斥した人間達と同じじゃないか。



 俺は認めない。俺はそんなまがいものを認めて堪るものか。

 たかだか、十歳の同い年の人間が何が出来る。俺と同じで、何も出来なかったに違いない。



 3年後。

 俺は貴族として学問・作法・武芸…さまざまな事を学びながらも、ただひたすらに剣を振り続けた。

 その夏には冷夏となり、冬には大寒波が起きたのだ。

 どれほど強くなろうが人間は自然の前には無力である事を思い知る事になる。

 多くの交通手段が麻痺し、特に陸上の移動は大きく制限された。大河ミルダルスを伝い移動は出来ても、当時の村々の殆どはミルダルスに着くまでしばらくの移動を擁する土地にあった。圧倒的に食糧が不足したのだ。


 そんな時、辺境伯となったレィナータがこのメルクリウスに訪れた。

 風貌は多少大人びてこそいるがあくまでも十三歳の範疇であるというのに、その平静さと立ち振る舞いは到底十三歳には見えなかった。


「食糧にお困りなのでしょう。であれば、私達ウズの村、及びその周辺地域と流通を始めませんか。」

「これまでは自給自足で賄い最低限の税を払うのみに留まっていましたが、様々な改革の甲斐あり住民の数に対して食糧に余裕があるのです。元々が大量生産に重きを置かない土地でしたのでね。特に、保存が利く小麦を中心としています。」

「霊峰カトラの山麓の村。即ち大河ミルダルスにも隣接し、魔法船で大河を遡上すれば容易に交易ができるのではと。」


 願ったり叶ったりという条件を突きつけ、レィナータはたった一人でメルクリウスとの交易ラインを勝ち取った。

 その間メリアスさんが傍に控えていたが、一言も発する事は無かった。


 たかだか、十三歳の少女だというのに。



 この日から剣を振る時間がさらに増えた。

 レィナータには口八丁では敵わないのではという不安から、ただひたすらに剣に打ち込み続けていた。

 思い描くのはあの時の光景。あっという間に騎士達を打ち砕く、流麗なる星の如き騎士。

 其の太刀筋をひたすらに夢想し、追憶し、同じ様に、少しの欠片でも届くように打ち込み続ける。


 その情景は、『秘剣』たり得るものだった。




 2


 5年後。

 とうとうこの日がやって来た。

 ハーヴァマール王立学院へ入学する時が来たのだ。

 まずは手始めに第二試験で全勝し、悠々と学院騎士団に入る。それが出来るだけの腕があると、努力に裏打ちされた自信があった。


 しかし、そこに奴はいた。

 第六王女レィナータ=フォン=カルラシード。

 女の身でありながら模擬戦闘試験にその身を置いていたのだ。

 奴の政治的手腕はある程度認めねばならないと、俺はこの2年間で認識を改めていた。改めるしかなかった。

 ならば、奴の目的とはこうして注目を集め、衆目から辺境伯として活躍しながらも武芸もあるのだと周知し、交易を有利に進めようとしているのではないか。

 そう思ってじろじろと見ていると、レィナータに近付いた大男が周囲を一喝し、思わず目を逸らしてしまった。

 そうはさせるか。第一試合で俺が戦ったなら、その目論見すらも砕いてやろう。


 その願いは天に届いたのか、第一試合の相手はレィナータだった。

 だったらコイツを倒してやればそれでいい。分かりやすくていいじゃないか。この木剣じゃ、『秘剣』は使えないがそれでも十分だ。


 そのような慢心が隙を招いたのか。レィナータに先に一本を取られたのだ。

 ……なるほど確かに。武勇がある程度あるのは違いないようだ。確かにあのメリアスさんの薫陶を直接受けているのだから多少腕に心得があっても不思議でないか。


 そこで強化魔法を用いてレィナータから一本を取る。

 強化魔法にも自信はそれなりにあった。武器を一撃で砕いて終わらせる、と意気込んだ。

 だがそれに対し、レイは自ら武器を落として一本と取らせて砕かせる事を防いだのだ。


 俺は動揺していた。

 まるで、剣の腕でも心でも上を行かれているのでは、と焦りを感じ、勝負を急いでしまった。

 結果、レィナータに対してカウンターとして一本を取られ、俺は敗北した。

 嫌いな人間に負けたというのに、何故かレィナータに対しての腹立たしさがまるで無かった。だが、何か胸の中でくすぶるものが残る。

 レィナータに試合後に手を差し伸べられ、素直にその手で起き上がる。何故強化魔法を使わなかったのかを問う。


「兄であるロウェオンに、王宮騎士団に入るなら魔法を使わず全勝しろとまで言われたんだ。」


 ……そうだ。彼女はあくまで女だ。この国で認めさせるにはこれほどのパフォーマンスが必要だった。


 そこで、俺は気付いてしまった。


(今までのこの時まで俺は、俺こそが、『メリアスさんを排斥した人間と同じ』だったんじゃないか?)


 動揺し、当たり障りのないような言葉を投げかけたのを覚えている。


 最早ただの十五歳の女などと言えない。

 この人間は、凄まじき器を確かに持っている。

 対し俺は、それに対して見栄や虚勢とばかり決めつけていたのではないか?


 本当に俺の嫌いな人間に、俺はこの瞬間までなっていたのではないか?

 女を糾弾する男はかつてメリアスさんを排斥した者共に、不当に何かを掠め盗ろうとするのはあの時幼馴染とその父を殺した裏商人に、俺自身の姿が重なる。


 俺は嫌悪した。自分自身に。





 2


 学院騎士団では、メリアスさんが当然の如く勝利してレィナータが問題なく加入した。それまでは良かった。

 続く『鎌鼬』事件において、レィナータは腕を落とす大怪我を負いながらも勝利し、それを討伐したのだ。


 あくまでもレィナータは強化魔法を使っていないとはいえ、俺だって秘剣を隠していた。

 そこで俺は疑念を抱く。


「もし、全力を尽くしてもレィナータの方が剣ですら上なんじゃないのか?」


 一度持ち上がった疑念は、その胸を埋め尽くした。

 そうしたモヤモヤをしている間にも、レィナータもバリガンも俺を友人としてよくしてくれている。

 それがなんとも情けなかった。実力の良し悪しで人間の全てが決まらないというのに。


 そして王都に遊びに行った時に出会った少年・ワラチフとその妹に対し、俺は何も出来なかった。

 金が必要だと言われても、仮にも貴族の子としてその金の重大さを理解している。

 もし隠れて治癒術士に見せ、それでベルヴェルグ家の子である俺に対して金を払わずに治療をしてくれたとして、その負担に対して正当な褒賞を与えられないのは論外だ。


 だが、レィナータは彼らに対し、ワラチフを雇い、パピィを実験台という名目でタダで治すと言ったのだ。

 俺に、何が出来た。

 レィナータにはそれが解決してしまえることだった。

 心内で見下していた人間は、俺よりもずっと素晴らしい能力を持っている人間だった。


 この醜い感情を抱えて、レィナータと友人と言えるのだろうか。

 ただ一点俺が彼女に敵うとすれば、メリアスさんを助け出したいという気持ちだろう。

 もしもレィナータがメリアスさんをあくまで部下の一人でしか見ていないのなら俺が救う。そうせねばならない。そうする事で、俺はレィナータに出来ない事が出来るのだと思った。


 全力を尽くせばお前に勝てるのか、俺は知りたかった。勝ちたかった。


 俺の事を今、無償の善性、などと言ったな。

 確かに、メリアスさんを助けたいと思ったのは事実だ。だがそれ以上に俺にはずっと、お前への劣等感と、醜悪な嫉妬心があったんだよ。

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