13話 秩序の檻
1
シーニャ=クルスは全て、魔物と殺し合う為だけにハーヴァマール王立学院に入学した。他の感心はなく、ただそれだけを求めて特待生制度を利用したのだ。
「シーニャ。じゃあ、あの盗賊団を殺したのは?」
「魔物生息域に向かうには砦を超える必要がある。上を飛んでいけば弓矢で撃ち落とされてあっさり終わりです。
だから空を飛んで山を越えて、学院から一番近い第四砦跡で様子を見ようとしたら盗賊団が居たんです。人質を取ってたので、殺してもいい人間だと思って殺しました。
あの子が助かったのは良かったけれど、そのせいで砦付近に警備が厚くなってしまって困っていたんです。」
「レ、レイ様……。この子、おかしいよ。」
悪人とはいえ殺した事を歯牙にもかけていない。見ず知らずの誰かが助かって喜んでいる常識性を持ち合わせているのに、人を殺す事に一切の忌避感が無い。
あまりにも危険だ。おおよそ、人の常識の中に収まる存在でない。その力も。ぞくりと背中に冷や水をかけられたように冷え込む感覚を感じる。
(……いや?おかしくないか?)
レイはひとつ、引っかかった部分があった。
人間とは本来、ある程度同種である人間を殺す事に忌避感を覚えるものだ。そして、そのタガが外れてしまったのなら『死ぬもの』『殺すもの』という選択肢が入ってしまうのは当然だ。
だったら、何故だ?何故困っているんだ?
殺す事に躊躇が無いのなら、不意討ちで王宮騎士を殺してしまえばいい。
騎士殺しは重罪だ。当然極刑に処されるだろう。だが、即座に魔物生息域に逃げ込むのなら王国とて深入りはしない。いつか王都に帰ってくるなら逃げ場が無くなるが、そもそも帰る気が無いのならそれは抑止力になりえない。
「シーニャ。君は狂っていると僕は評する。」
「はい。分かっています。」
「その上で聞くよ。じゃあ、なんで騎士を殺さなかったんだい?」
レイの推測した理由のひとつは家族のため。そして、もうひとつは――。
「え、だってみだりに殺すのは良くない事じゃないですか。」
『シーニャ自身は社会秩序を理解しているし、遵守している』という歪みだ。
2
ツバキは不思議そうな顔をして、そのままの疑問をぶつける。
「でもそれって、おかしいんじゃ?シーニャは殺す事にためらいはない。じゃあ殺していいんじゃないの?」
「駄目ですよ!
みだりに殺したら、社会が崩れます。ましてや騎士さんは、王国の為に警備してくださっているんです。そんな事しちゃいけません!」
「えっ。……えっ?」
シーニャは聡い少女であり、自分自身が殺す事には忌避感も無いし人間を殺しても構わないが、それで社会基盤に影響を与えるのは避けようとしている。
殺す為の才能も知略も持ち合わせているのに、それでも社会を守る為に殺人鬼には成り下がらず留まっている。
さしずめ秩序の檻。
彼女は謂わば、このどうしようもない衝動と価値観の持ち主でありながら善き人間で在り続けようとしている。この矛盾は、間違いなく狂っていると断言できる。
社会に在る限り正常で居るしかないのは喜ばしい事なのか、いつまでも自身を曝け出せない悲劇とも言うべきか。この国に彼女の力を振るえる場所は無いだろう。魔法使いは前線に置かれる事はなく、シーニャの理想たる殺し合いなど当然望むべくもない。
「マルアード……あの男子生徒にはなんで襲い掛かったの?」
「なんにもできなくてつまらなかったから、一人ぐらいならいいかな…って。でも、殺す気はありませんでした。近くにレィナータさん達が居ましたから介抱してくれるでしょうし、この隙に警備がこちらに回って薄くならないかとは思いましたが。
予想外だったのは、レィナータさんが氷魔法で滑り落ちてきたせいでレィナータさんと交戦する事になってしまったんです。」
確かにあの怪我ならすぐには死なないし、回復魔法さえ使えばすぐに元通りだ。とはいえ、あれほど躊躇いなく襲い掛かれる割り切りは十五の齢の少女だとは到底思えない。
「シーニャ。君は、それほどの知恵と力を持っていながら魔物の群れに自分から飛び込もうと言うのかい。」
「はい。私は邪魔でしょう。たかだか一人の生徒が行方をくらませてしまう。それだけの話です。
こうなってしまっては、私は最早素直に言って魔物生息域へと追放する方がずっと早いと思って、今レィナータさんに話しています。」
シーニャは自分自身が異端である事を誰よりも理解している。
これは、ある種の自殺だろう。その自殺を最高の形で終わらせようとしていて、ひたむきに向かい続けているからこそ悲壮感が無いだけ。
確かに彼女は狂人だ。彼女はその歪みに向き合った結果、その歪みからは逃げず、その歪みのままに死ぬと決めたのだ。どこにも居場所がない事を誰よりも彼女自身が分かっている。
この国は魔物に多くの人間が殺された。特に前の大侵攻では、多くの人間が望まずして魔物によって死に、その遺族は今も悲しみに囚われている人間も少なくない。歴史学教師のケニング=スレイがそうであったように。
そんな国で「魔物に殺されたい」とはなんと贅沢な願いだ。それを嫌だと拒んで死んでいった人間が山と居るのに。
けれど、シーニャはそこまで含めて自分を異端と認め、自分の存在でそうして憤る人間が居る事が分かっているから隠しているし、社会の異物である自分を自分で排除しようとしている。そこまでの割り切りの出来る達観した価値観を持っている。
レイは、シーニャの最後の言葉を一人復唱する。
「『私は邪魔』、か。」
レイは自分自身に仕える前のメリアス、サリー、ツバキの3人を思い返す。
この国全てに見捨てられ、最早レイの元へ流れ着き、共に殺されようとしていた3人を。
それと何が違う?目覚めてしまった本能に、願いに、人は抗えないものだ。それを叶えるまでは愚直で在り続けるだろう。
社会に認められないと分かっていても、3人を愛してしまった僕と何が違うのか。何故、それで死を選ぶしかなくなってしまうのか。
「そうか。」
決めた。僕は、
「今のままでは君の本性を扱えない国であるというなら、君を活かせる国を作る。」
「……レィナータ、さん?」
「僕が王になり、君を大侵攻の時に最前線に置く。
君を。
君を、無為に死なせるには惜しい。僕の臣下にならないか、シーニャ。」
君を救う。
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