10話 第四砦跡

 1


 直線距離にしてフーニカールの王都から30オルオーミ(24km)。

 地理的に言えば、ハーヴァマール王立学院の裏にある山を越えた向こう側には地平線を覆い尽くす城壁が続く砦がある。

 その北より向こうが魔物の生息圏であり、その人類の防衛線とも言えるのが『対大侵攻防衛砦・ヴァルハラ』。不測の事態に備え常時交代制で監視の衛兵を置いており、大侵攻に一早く対応する要でもあった。


 砦は今から200年前に改築されて今の形に変わっているが、改築前の1700年前の砦も一部残っている箇所がある。『鷹の瞳』と称された盗賊団が根城にしていたのもその内のひとつ、第四砦跡であった。


 第四砦跡は王都からも王都の離れである学院からも比較的近い位置にある。

 特に、学院とは山をひとつ越えた場所だ。とはいえ、山間は深い森になっており、易々と越えられるような地形ではない。

 事実、馬――白馬・メリッサに乗って第四砦跡までやってきたレイ達学院騎士団は馬に乗って迂回して第四砦跡へと辿り着いた。




 王宮騎士団との合同による、鎌鼬の捜索はその夜から始まった。

 第四砦跡に集合する。生徒は戦闘能力の劣る従者を連れてきても邪魔になるからと置いてきた人間が過半数だったが、レイは剣が達者なメリアスと夜目の利くツバキを連れて来ていた。

 一方で敵が近接戦闘を得意とする上に夜であるからとサリーは留守番となった。


 おおよそ第四砦跡を中心に痕跡を探り、調査に赴く。


 アルマスがレイに声をかける。


「レィナータ。これからどこを捜索する?」


「僕はメリアスとツバキが居るし、第四砦跡から少し足を伸ばして裏山に入って見るよ。」


「裏山?しかし、あそこはもう既に王宮騎士団の方で捜索したと言っていたが。」


 アルマスの言葉を聞いたツバキがふんす、と得意げに鼻を鳴らす。

「わたし、そういうの得意だから。」


 ツバキの情報収集能力は際立ったものがあり、レイはこれまでも王都の調査にはしょっちゅうツバキを頼っている。

 中でも得意なのが自然に関する知見を活かしたもの。ツバキの出自はレイ達は一度も尋ねた事はないが、それでもツバキの事は無条件に信用が出来る。

 王宮騎士団では探れなかった物証を、ツバキならば見出せるのではないかとレイは期待したのだ。


「分かった。俺達は第四砦跡から東側を探してみるつもりだ。王宮騎士団の方々は砦の向こう側、魔物生息域を捜索するらしい。メリアス殿が居られるから心配はしていないが、万が一もある。深追いはするなよ。」


「うん。ありがとう。」


 そう言うと別れ、森の中へと入っていった。

 その様子を遠くから見ていた生徒がいた。


 マルアードだ。

 彼はレイが森へ向かうのを見て、このままではまた成果を挙げてしまう事を危惧したのか、やや遠巻きにではあるがレイ達の後を尾行し、同じく森に入っていった。




 2



 この山にはやたら長い名前があった。これは、当時のハーヴァマール王立学院の院長がめでたい名をととにかく長い名前を付けたのだが、あまりにも長すぎて誰も正式名称で呼ぶ人間が居ない。

 結果単純に『裏山』と呼ばれ、裏山の砦側にはレイ達はおろかわざわざ人間の立ち入る事もない。これを超えてもただ学院に着くだけで特に交通の意味を成す訳でもない。学院側はフィールドワークと称した運動で少しや人の入りがあるが、本来人など衛兵程度しか居るはずもない砦側には一切そういうものはなかった。

 だが、こういう場所にこそ痕跡は残っているのではないか。森の中では痕跡の調査は困難を極めるし、騎士たちはその専門としている訳ではないのだ。そう踏んだレイは馬を第四砦跡に着け、ツバキを連れてメリアスと共に裏山に潜った。


 森にずかずかと入っていくツバキの後を追って行くレイとメリアス。ツバキが獣道ですらない道なき道をひょいひょいと歩んでいくのに対し、レイとメリアスはいくら騎士としての力を持っていようと森に不慣れなのは変わりない。


「わっ、なんか踏んだ!」


「む……なっ、蜘蛛、蜘蛛の巣が頭に!」


「レイ様もメリアスも騒ぎすぎだよ。蜘蛛だってそりゃ森に居るでしょ。」


 従って、ツバキに着いていくのがやっとであり、痕跡を探すどころではなかった。

ある程度慣れた人間が同行しているから、そしてレイもメリアスも辺境という地で悪路での行軍にもそれなりの覚えがあるからこそここまで動けるのであれば、やはり王宮騎士といえども探し漏らしていた事は間違いないだろう。



 それはレイ達を追うマルアードとて同一である。

 雑木林の中を進まねばならない事は承知しているし、レイへの対抗心から森へ入る忌避感も堪えているが、それはそれとしてロクに進む事など出来ない。鍛錬を積んで来た実家や騎士団はレイよりも比べるまでもなく良い環境であったろうが、辺境の地で自然に富みながら特訓など経験する訳もない。


「くそっ、くそっ!見てろレィナータ。おまえよりも先に見つけ出してやるからな……!!」


 その言葉は有言実行する事になる。

 レイの背だけを前のめりに追い続けるマルアードは、上空より飛来する存在に気付くのが一歩遅れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る