9話 鎌鼬
1
剣闘従士の決闘はメリアスの、レイの勝利に終わった。
マルアードの思惑は外れ、敗れたのだ。
「マルアード先輩。これで、僕の事を認めて下さいますか。」
「……ああ。分かった。」
マルアードは素直に敗北を認めた。
自分から提案した決闘に、これ以上文句を言うのは寧ろ自身の品格を落とす事になるだろう。ただでさえ、王宮騎士を用意したというのに。
それと同時に、そういう理論を抜きにして、メリアスの気迫に圧倒されてしまっていたのもあった。
王宮騎士、メリアスにゲルシュと言われていた男が兜を外す。
厳めしい鉄仮面の下からは、丸顔につぶらな瞳の、いかにも人の良さそうな顔をした男が現れた。
「メリアス殿。その腕はお変わりないようで。」
ゲルシュは、メリアスの腕を知っているからこそ殺意を明確に向ける程、全力の力を込めた一撃を与えても問題ないと思った。でなければそもそも、勝負という土俵にすら立てないとすら判断した。事実、一撃も与える事も出来なかったのだから正しい判断だっただろう。
「当然だ。騎士でなくなれど、レイ様に仕える従者であるには変わりない。」
二人のやり取りを見て、不思議に思ったツバキが口を挟む。
「ねえ、メリアスは騎士団でもハブられてたんじゃないの?」
「鼻つまみ者だったのは事実だが、私の腕を見てくれていた人間は少なからず居た。ゲルシュ殿はその内の一人だ。」
「いやはやアルマード殿の申し入れを受けたのは、メリアス殿と戦えると踏んだからなのですよ。
メリアス殿が衰えるか、私が強くなっているか、それともその両方か。
いずれにせよ今ならば彼女に勝てるかもしれない……というのは見事に皮算用が過ぎましたがね。わはは。」
呑気そうに言うゲルシュに、ロウェオンは声をかけた。
「さて、前座は十分だろう。ゲルシュ、説明を。」
「はっ。私は元々は王宮騎士団の遣いとして、こちらにやってきました。」
朗らかな顔つきがキッと人民を守る騎士のものに変わる。
それを見た周囲の生徒達はつい先ほどまでとは違う緊張感が走る。そうして生徒皆の注目がゲルシュに集まった頃、ゲルシュは語り出した。
「現在、私達王宮騎士団はとあるものを探しています。通称を、
「鷹の瞳と名乗る盗賊団が居ました。それはここ数年で勢力を増し、幾度と王宮騎士団が下っ端を捕らえても首魁を捕らえるに至らなかった大型の盗賊団です。」
「数日前の事。ある貴族の娘が護衛の騎士を殺され、連れ去られました。鷹の瞳の要求は下賤極まりなく金品と人質を交換する事。」
「それに憤った我らが騎士団長はとうとう“鷹の瞳”に対し本格的に彼らの捜索を始めました。しかしながら彼らは見つかりません。
そんなある日、その貴族の娘は血塗れの状態で魔物との境界線に敷かれた砦の近くで見つかりました。鷹の瞳は、改築前の1700年前に敷かれた旧砦の中に巣食い、拠点としていたのです。
しかしながら不思議なのは、貴族の娘は血濡れの状態でありながらも傷一つないのです。さらに、もっと不思議なのは彼女の言葉でした。
「『風を纏うだれかに助けられた。』」
「彼女はそう言いました。その者は、風の刃を駆使し盗賊団全てを単身相手取り、一人残らず
「じゃあ、その人間に礼でもしたいんですか?」
アルマスが不思議に思った点を聞く。アルマスでなくとも、皆同じ事を思っていた。礼をするにしても、一個人の持つ私兵でなく、王宮騎士団を総出で探すものなのか。
その疑問に、ゲルシュは流れるように答える。
「いえ、問題はここからです。貴族の娘は酷く怯えていました。
それは攫われた事ではありません。その恐れを上回って尚、その戦いぶりをこの上なく恐れた。
蹂躙。盗賊団を相手取り尚、一方的に殺戮していたと。一人一人殺す感触を楽しむように殺していたのです。それに怯えた貴族の娘は、死体の中を這って逃げ出した。
その存在が必ずしも人間とは限りません。他種族であったり、或いは人間の形に近い魔物が観測された記録もあります。場所柄、魔物の生息域のすぐ傍ですからね。
それを私達は正体不明、しかしながらその危険性を鑑みて鎌鼬≪かまいたち≫と称し、捜索しています。その捜索を依頼しにやってきたのです。」
王宮騎士団は他様々な職務に就いている。国防の要であるからだ。
なので人の手が足りない時にはその子組織とも言える学院騎士団に協力を要請する事がある。
あくまでも学生の身である以上参加は任意であるが、王宮騎士団への足掛かりとなるこの機を逃すような人間は元より学院騎士団に入ろうとはしていない。
そしてその同意を以て、死の危険がすぐ傍にある事実を承諾した、という事にもなる。
「勿論参加は任意です。そして、見つけたなら戦おうなどとせず直ぐに逃走してほしい。」
部内に、それを降りる人間は一人もいなかった。
それはレイも同じである。
(これを解決しないと、ゲイルチュール伯とまともに話す時間もないな。)
(イタチだかなんだか知らないが、速攻で終わらせてやる。)
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