8話 剣

 1


 サリーは、その日の朝のメリアスとツバキの会話を思い返していた。


「じゃあメリアスはなんで通わなかったの?」


 ツバキの真っ直ぐすぎる物言いに、レイとサリーは気まずそうにしていた。

 メリアスは少し答えにくそうにしてから、その口を開く。


「……あの、うん。それを聞くか。いや、当然の疑問か。お前はこの国に流れ着いたのは私が追放されてからだからな。

 王宮へと入るならば学院へ通う義務は免除される。とはいえ、コネを考えれば入った方がずっと良いし、かけがえない友人の出来るまたとない機会は貴重だとも思う。」


「その上で私が王宮騎士団に入った理由、それは――。」


 こほん、と少し言いづらそうにして、言った。


「男女問わず、私の相手を出来る人間が同年代に居なかったのだ。」





 2


「一本!」


 開始数秒でゲイルチュール伯の言葉が修練場の中に響く。

 王宮騎士は膝をついて倒れ、メリアスがその後ろに立っている。


「……………………は?」


 マルアードは、目の前の光景が理解できていなかった。

 女が立ち、男が倒れている。いやそれ以上に、丸腰の人間が鎧を纏った騎士を倒しているのだ。


 ざわざわと修練場がどよめいている。



 王宮騎士は筋力強化を剣を持つ右手に、敏捷強化を左肩、左手首に掛け高速で剣を振り抜いた。試合にも関わらず鉄剣で躊躇なく頭を狙った、殺意にすら見紛う迷いなき一撃。

 対しメリアスはそれを分かっていたように剣が振られる前から既に姿勢を下げていた。強化魔法を掛けた腕が残光のように駆け抜けていく中、下を土をスライディングするように潜り、膝の裏側、膝当ての無い部分を順に右、左と木剣を叩き付けた。

 強化魔法のかけられていない部分であり、鉄の鎧の重さも相まって的確に入ったその二撃は、膝を地に着かせる事に成功せしめた。


 王宮騎士が、目の前の女に倒されている。しかしながら納得もいく。納得をするしかない。何故なら、レイの流した噂により彼女は魔物を討伐せしめた辺境の英雄の一人なのだから。


 バリガンは目を見開き驚き、アルマスは僅かに笑っている。

 サリーはあんぐりと口を開いて驚き、ツバキはニコニコ微笑む。

 ロウェオンは口元を吊り上がらせながら喜んでいる。

 レイは知っていたように動じていない。ゲイルチュール伯はその手の旗にて顔を隠している。


 渦中のメリアスが口を開く。


「先程の構え、ゲルシュ殿か?」


 王宮騎士はびくり、と身体を一度震わせた。


「6年前から、隙が変わっていない。盾を自分の頭部を守るように構える癖。

 それでは対応が一歩遅れてしまう。」


 動揺しているのが目に見て取れる。

 焦りながら、盾を握り直す。


「立つと良い。まだ一本だ。」


 貴族の家系に生まれた少女。

 名を、メリアス=フォン=ゲイルチュール。人々は彼女を、剣に愛された天才令嬢と彼女を持て囃した。

 国家反逆罪を擦り付けられ、彼女は追放された。された、が。

 逆に言えばこの騎士の国において、女の身ながら罪を擦り付けねば追放できなかった。果し合いで勝てば追放出来るだろうにそれは出来なかった。剣の腕一本で、皆に畏怖を抱かせるほどの力を持っていた。


 なんて事はない。

 メリアスがこの世の誰よりも剣に愛された人間である事をレイとゲイルチュール伯は何より知っているのだ。魔物であればまだしも、対人においてメリアスに敵うはずがないと。

 レイの呑気さも、ゲイルチュール伯の侮辱のように聞こえた言葉のいずれも、メリアスの勝利を疑ってすらいないのだからただ事実を述べているだけに過ぎなかった。


 その様子を見て、レイが口を開く。


「僕さ。メリアスと一万回以上は打ち合ってるけど。

 魔法使っても、まだ一本も取れてないんだよね。」



 二本目も、あっという間に勝負は決まった。

 剣を懐に構え、盾でメリアスを牽制するもメリアスが盾を蹴り跳躍し、空中のメリアスを狙った剣を持つ右手に対し強化魔法のかかっていない上に鎧の無い右親指の付け根に対し、木剣を突き立てた。王宮騎士・ゲルシュは武器を落とし、それにて決闘は終着した。


 レイはアルマス達に対しギリギリのせめぎ合いでようやっと勝利したが、メリアスは違う。たったの二手で二本を取る。それは魔法が無くとも義肢であろうとも、あまりに一方的な戦いが終わる。


 かくしてマルアードの提案した剣闘従士は、メリアスの一方的な勝利で幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る