9話 次の手を
1
レイピアは砕け散った。
レイは、本来の規定に従いここで敗北となる。何せ戦う武器が無いのは、戦場においては対人でも対魔物でも死に等しい状態であるのだから。
「そこまで!勝者――」
審判がそう言い切る前にレイが立ち上がる。武器を持って立ち上がる。
その手には、先程バリガンが投げた馬上槍が握られていた。
「まだ、まだ終わっていない!」
「なっ。」
審判は言葉を失う。確かに、武器が破損して敗北となるのは戦場で武器が無くなる意味合いであり、それは単独では戦死にも等しい無防備な状態になる。
だがしかし、破損しても未だ尚武器があるのなら話は変わる。それは戦死とイコールにはならないのだ。
……とはいえ、屁理屈に過ぎない。
あくまで理念はその通りであっても、そもそもルールとしては武器の破損は敗北とされているのだから。観客もざわめいている。
「おーっ!その手があったか!」
「でもさあ、なんかズルじゃない?」
「いやいや!こういう咄嗟の判断こそが騎士様らしいじゃん!」
観客も意見が割れているようだ。こういう場合に決めるのは審判であるが、審判も初めての事例であるらしく悩んでいる。
そこにバリガンが言葉を投げた。
「ハッハッハ!ああそうだ!よく言った!
確かに、武器が壊れて負けなのは丸腰になるからだ。
俺が投げた槍を使うなら武器はある。誰が悪いかと言えば武器をぶん投げた俺。
アンタの負けにはならねぇなぁ!」
その言葉が決定打となり、レイの継戦は認められた。
そうして認めた事もまた、バリガンの勇壮さとしてどこからともなく拍手が巻き起こった。審判が、それを認める代わりにと決定事項を述べる。
「分かりました。ですが、条件があります。
まず、武器の変更は認めません。レィナータの体躯には合わないでしょうが、バリガンの選んだ武器で戦う事。
そして次に、これは敗北を決しはせずとも一本とカウントはする事。
これらの条件の上での続行になります。宜しいですね?」
「勿論。感謝する、バリガン。」
「なあに、此処で見捨てりゃお師匠様に怒られちまう。」
バリガンは気前よくそう話すが、それに続けてぴしゃりと言う。
「だが、その槍で戦うのは違いないぞ。俺は、手加減もしない。」
「ああ。」
初期位置にお互い立ち直る。
レイとバリガン。獲物はお互い1本の馬上槍に変わった状態での仕切り直しだ。
2
少なくとも、先程と同じ試合運びにはならない。
重い馬上槍を持つレイが走り回る事は出来ないからだ。
そして、先程と違い馬上槍を1本しか持っていないバリガンもまた馬上槍を投げて遠距離攻撃を仕掛けられない。
レイはこの大槍でバリガンにどう相手するかを考え続ける。
打ち合いになればリーチでも負け、攻撃力でも遥かに負けている。
自分は槍を構えているが、速く走る時には地に着けて引き摺る姿勢になり、長くは走れないだろう。武器を振るのは一度だけだ。振った一度の隙が致命傷になる為、一度で仕留めなければならない。
「二本目!初め!」
審判の声が響くと同時に仕掛けたのはバリガンだ。
駆け出し、馬上槍を振り抜いた。それを済んでのところでどうにか躱す。
(どうする。どうすれば、僕はバリガンの武器でバリガンに勝てる!?)
考えても、考えてもその答えは出ない。重い武器では逃げる事すら出来ない。その場で必死に、ギリギリを躱し続ける。ツバキに習った身のこなしが此処で効いている。
いくら躱してもバリガンの腕に疲れは見えない。恐ろしいまでの持久力だ。
これでは攻撃の出来ぬレイがいつかバリガンに打ち負けるのは誰の目に見ても明らかだった。
筋力強化が掛けられた上で馬上槍を叩き付けられている石畳はバキバキと次々に音を立てて割れていく。
(考えろ。考えろ!僕はどうすればいい!!)
必死に躱しながら、少しでも勝機を見出す為に思考回路をフル回転させる。頭の中に答えは見つからなかった。なら、目の前に探す。勝機が無いのなら探るのだ。
兄に一打を加えた時も、勝ち目がないと思った時に夜明け前の庭とメイド達の顔から転生のあの日を思いついたからだ。頭の中にある答えなどたかが知れている。目の前に、答えを探すのだ。
(……ん?)
レイは、バリガンの手に注目した。
バリガンはよく見ると、腕を振る瞬間に不自然に収縮した筋肉が一瞬緩んでいる事に気付く。
力を込めているどころか、脱力している?
ほんの少しだけ振り下ろす瞬間に力を緩め、武器の重さに任せて振り降ろす。そして振り切るその瞬間に握り締め、瞬発的な筋力強化を発動させている。
つまりは極力、無駄な力を入れていないのだ。
(それが、疲れ知らずの理由か!!)
バリガンが馬上槍を振り下ろそうとする寸前のその瞬間。
力を緩めた一瞬に、レイが逆にバリガンに向けて馬上槍を突き立てる!
観客の誰もが無謀だと思ったそれは、その予想とは違う者が立っていた。
この瞬間にこの行いの意味を理解していたのは、レイとバリガンの二人だけだった。
バリガンは手から馬上槍を落としていた。
レイは馬上槍を持ったまま、立っていた。
「一本!西方、レィナータ!」
わっと歓声が沸き上がった。無理だと思った瞬間がひっくり返ったそれが逆転する。見ている側からすればあまりに唐突すぎる逆転劇。紛れもない至上のエンターテイメントに違いない。
歓声の嵐の中、渦中の二人のやり取りは至って冷静だった。レイが乱れた息を整えながらバリガンに問う。
「ハァ、ハァ、バリガン。君の技量には、恐れ入る。
それほどの技量を積むまでに、ハ、どれほどの研鑽をしてきたのか。」
「……ああ。見事!」
バリガンは痺れた腕を無理矢理にぶんぶんと振り回した後、落ちた馬上槍を拾い、初期位置へと戻る。
レイもまた、同じく初期位置へと戻る。
「決めようぜ。最後の一戦で!」
3
「三本目。始め!」
次の勝負は一瞬だ。
奇しくもアルマスとの一戦と同じ形になる。いいや、手の内を明かし合った者同士の戦いであるのだから、同じように瞬間の戦いとなるのは必然だった。
“持久力の秘密”を暴かれてしまい、持ち手側に手痛い一撃を受けたバリガン。
壁面へ叩き付けられ、不慣れな大型武器を構え、躱し続け息も絶え絶えなレイ。
どちらも長くは続かない。一撃に全てを込める他にない。
仕掛けたのは、レイの方だった。
レイは馬上槍に体重の全てを込めて、バリガンの胸元に突貫する。
バリガンはその一撃を受けては不味いと全力で、筋力強化を掛けた上で受け止め、弾き返す。馬上槍にて、レイの一撃を打ち返すような形だ。
正解だ。この上なく正解だ。
レイが槍を振った瞬間に致命的な隙が出来るのは違いなかった。そして、この策を取ればバリガンの腕が痺れ、反応の遅れがあっても実行に問題は無い。
レイは弾き返される。
――そこまで、レイは分かっていて仕掛けた。
バリガンは一見無知性な振る舞いに見えて、その実研鑽の結実と誉れを何よりも至高の物とし、そして先の先まで見据えた上で戦っている。
レイが一度しか振れないと必ず見切った上で、弾く事にだけを全力を込めるのだ。バリガンは自分のダメージを考慮し、それこそが最善という事に気付くはずだ。そうに違いないとレイは読んだ。
レイは馬上槍を一撃しか振る事は出来ない。それは事実だった。
つい先刻まではそうだった。
だが、今は違う。理解した。バリガンの高重量の武器の振り方を学んだ。
それは今見た知識だけでない。兄と一晩鍛錬を続けた経験から、形こそ違えど大剣という高重量武器を、どういう重心の移動のさせ方をしているのかを追憶していた。
経験と知識が今掛け合わされた。
ならば最早、その一撃では終わらない。
「っ――!!!」
レイはバリガンの想定の上を辿った。
弾き返された勢いを利用し、ぐるりと回りながら馬上槍の重さに任せて身体を振り、その先端は一周し、バリガンの懐へと飛び込んでいく!
(重さだけで、叩くイメージ!!)
筋力強化をかけた上で腕を伸ばしきっているバリガンは、その一撃への対応に間に合わない。
静まり返った会場に、バシィン、と革鎧のぶつかる音が響き渡る。
「一本!そこまで!」
鎮まる数拍を置いて、観客はわっと沸き上がる。
圧倒的な劣勢を覆し、今、レイはバリガンを打ち破ったのだ。
4
「はあ……敵に情けをやって負けちまった。」
倒れたままにバリガンは呟いた。
バリガンに対し、レイは手を伸ばす。
「今から、武器の破損を理由に勝利と言っても構わない。
君になら、負けてもいい。」
勝たねばならない理由はあるが、バリガンになら負けても悔いがないのも事実だった。彼が武器の変更を認めなければレイは負けており、そしてバリガンを打倒せしめた技もまたバリガンのものであったからだ。自分一人では、間違いなく彼に勝てなかったという自覚があった。
「勘弁してくれよ。
そうなると、この清々しい気分が台無しじゃねえか。」
どうやら、バリガンもまた自分と同じ思いを抱えているらしい。
そう思うとなんだか嬉しくって堪らないような、確かなこみ上げるものがあるのを感じた。
「ああ。僕もだよ。
これから3年、よろしくね。」
「これから始まりだもんなあ。よろしくなぁレィナータ!」
今日の一日で、かけがえのない友人が二人も出来た。
一人はアルマスで、もう一人はバリガンだ。
思えば、これこそが学院の思うツボなのではないか。
入学生を知らしめる政治的意図だとか、これを半ば興行とする商業的意図だとか、そういうものを抜きにして。
入学のただの一度というこれ以上のない好機を与え、そうして友人を作らせるのが思惑なのではないか。
実力を見るなら、或いは見世物にするなら実力が拮抗しあう相手がベストに違いない筈なのに、他の人達の中には僕達のように拮抗せず一方的な試合もあった。
けれど、これは無作為に対戦相手が選ばれている。
それはあくまでも無作為とする事で友人を作ってほしい、という教育者としてはなんてことのない願いなのではないか。
そう思うと、この場に立っている事自体が喜ばしく思えた。
姉・アリェナがあれほどに絶賛していた理由も理解できた。
この場所は、素晴らしい場所であるのだろう。
これからの三年間に思いを馳せ、今日の澄み渡る青空に負けない程にレイの心は晴れやかだった。
そして思えば、二戦ともに兄との鍛錬の成果が決め手になっている。彼の教えも決して無駄なものではなかった。
間違いなく、成長できている。そう確信できた。
「ああ、そういえばなんで魔法を使わなかったんだ?
使えねえのか?」
控え室に共に戻りながら、当然の疑問を投げかけてくるバリガンへ答えを返す。
「とある事情があって、学院騎士団に僕は入りたいと考えている。
でもほら、女が入ろうとするとやっかみの目があるだろう?
だから、魔法無しで勝って入ってやろうって思ってね。」
「ああ、そういやアンタ女だったな。イケメンすぎて忘れてたぜ。
学院騎士団はいいぞお!あくまでクラブ活動だけど、この上なく本格的だ!将来騎士団に入っても何しても、学んだ事は絶対ソンにならない!
俺も入るんだよ。師匠が居るんでな!」
「ししょう?」
戦の間、ずっと気にかかっていた人物の名前が出て来た。
それが学院騎士団に居るというのか。そういえば、レイピアから馬上槍に変える時、師匠に恥ずかしい姿を見せたくないと言っていた。まるで、その師が今戦いを見ているように。
「知ってるか?ゲイルチュール伯っていう名手様なんだが!
俺の剣の師匠だ!昔シグジル家に泊まってた事があってさあ……その時に剣を学んだのが俺の剣の始まりなんだ、憧れの御方なんだよ!」
「!?」
どうやら、ゲイルチュール伯に逢いたい理由がもう一つ増えたらしい。
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