10話 第三試合、そして

 回復術士は王立学院にも備えられているし、この一大イベントでもある入学試験で万が一の死者を出さぬ為にも万全に整えられている。

 事実レイはあれほど激しい第二試合を終えているというのに、傷一つ無かった。


 だが、回復魔法では体力は回復しない。

 一晩中続くロウェオンの鍛錬、第一試合・アルマスとの剣と剣による決闘、第二試合・大槍を繰るバリガンとの一進一退の攻防。

 いずれも楽な戦いはなく、疲労はとうに限界に達していた。


「西方、レィナータ=フォン=カルラシード!」


 だが、そんなものがどうした、と掃き捨てられるほどに今レイは高揚していた。

 メリアスのゲイルチュール家へ繋がる道が出来た。

 カルラシード家は敵ばかりでなく、兄は味方とも言い切れないが実力主義で、少なくとも無為な排斥をする事はない。

 そして、良き友人を二人も得たのだ。


 どんな敵が来ても負けるつもりはなかった。

 バリガン以上の膂力であっても、アルマス以上の敏捷性を有していても必ず勝つ。そう決意する程の活力に満ちていた。



「東方、アンテノル=フォン=ヴィズル!」


 その相手は奇妙だった。

 体格はバリガンは愚か、アルマスにも到底及ばず、レイよりもなんなら身長が低いし、体格も劣る。武器であるレイピアを持つ構えも重心がぶれている。

 今レイとぶつかるのなら、レイは2勝しているのだから相手も同じく2勝している筈であるのに、そう思えるような武威を欠片程にも感じられなかったのだ。


 しかし、決めつけは良くない。

 際立った魔法の使い手かもしれない。

 放出魔法を男女の傾向の性差を超えて使える者も居る。もしくは、鍛錬すれば非効率的ではあるが使用できる。事実、レイもメリアスに言われ強化魔法を習熟している。それでなくても、強化魔法の飛び抜けた腕前を持つ可能性もある。

 油断はしない。きっと目を見つめる。


 対するアンテノルは顎をくい、と突き出す。

 その動きを不審に思う。何かを伝えるような、いいや見せつけるような動きだ。

 何を言いたい?

 まだ試合は始まっていない、後ろを見てみる。


 すると、観客席のメリアスとサリーの後ろに黒い外套を纏った男が座っていた。こうした理由で見せられなければ、何とも思わなかっただろう。

 このような事態に対して一早く察知するツバキは、私が第二試合でバリガンに突き飛ばされた時から最前列に移動していた。


 アンテノルに急いで向き直る。

 すると、アンテノルは首を人差し指で真一文字に切るような動作する。


「うおーっ!出たぞ!アンテノルの勝利宣言だ!!」

「あれで第一試合も第二試合も勝ってきたんだ、でも相手はあの辺境の英雄だぞ!」


 観客が沸き上がる。

 その興奮の最中、もしや、と思う。

 あの下品なサインはもしや、自分に向けてではないのではないか。

 メリアスとサリーを殺す、という意味合いではないのか。

 観客席の二人を振り向くと、視線に気付いたのかメリアスとサリーは立ち上がって手を振った。一方で、その後ろに居た黒い外套の男もまた一瞬だけ立ち上がったのが見えた。


(コイツ、違う。もしかして、じゃない。

 メリアスとサリーを、人質に取ってる!)



「両者、見合って。」


「試合、開始――!!!」



 アンテノルは真っ先に飛び出して構えも何もないままにレイピアを振り下ろしてくるのが見えた。それに対し、躱す事なく頭から当たる。


「ああ!」

「前の2試合でもいきなり決めたアンテノルの初撃!辺境の英雄にもブッ刺さったぞ!凄いな彼は!」


「一本!東方、アンテノル!」


 審判がそれを一本と判定する。

 どうやら、一本目を取られたらしい。その審判の言葉を訊き、やっとレイはそれに気付いた。

 アンテノル。この男は、どうやら第一試合、第二試合も同じようにして勝ったらしい。この戦いにおいても対戦相手を人質に取り、勝利するつもりなのだ。




「両者、向かい合って。」


 アンテノルは得意気に初期位置へと戻る。

 レイも足取りは重かったが、初期位置へと戻る。


「二本目!初め!」


 アンテノルは駆け出してレイの元へと一気に詰め寄る。

 両足には敏捷強化を行使していた。

 素早い足さばきだが、レイはそれに対応し避ける。


 アンテノルの攻撃は確かに基本の型には嵌っている。だが、鋭さが無い。気迫に欠ける。レイはそれに対し、容易に避ける事が出来ていた。

 レイが攻めずに躱す中、アンテノルは審判に聞こえぬようにそっと耳打ちする。


「あのメイド共、良いのか?」


 先程までの晴れやかな気分が、汚れていくのが分かる。にも拘わらず、青空は何一つ変わらない晴天をたたえていた。

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