7話 第一試合

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 試合は全三回。無作為に対戦相手が決まり、その武を競い合う。名目としては勝敗にさしたる意味はなく、正々堂々たる戦いを魅せる事とされる。ただし当人らにとってはその限りではないだろう。

 その内、数が合わない場合を除き勝者は勝数の同じ者同士で当たるようにされている。強い者は強い者と当たり、弱い者は弱い者と当たるのだ。

 とはいえ勝ち数以外はランダムである為に、純粋な勝敗でその如何を全て知れる訳ではない。例えば飛び抜けた一人が居るとして、その二番目に強い者が当たって負ければ2勝で終わるが、二番目の強者が弱いとされはしない。

 結局これは建前の通り、純粋な武勇を計るのでなく、この試合の内容そのものを計られているのだ。入学前の、たかだか十五歳の少年少女の腕などたかが知れている。ランダムで当たるのもそう。完全な実力で総当たりではない故に、序列を決めず、入学後の風通しを良くするという目的が見て取れるものだ。


 革鎧と木製武器を選び行う、二本先取の三本試合。ただし、審判が戦闘不能と判断したなら一本でも勝利となる。これは、対人でも対魔物でも、決定的な一打を受けたならその時点で戦局的には敗北にも等しいとされる故にである。戦闘不能の基準は、革鎧の破損、武器の破損、転倒して自ら起き上がれない、等。

 場外は無い。観客席には被害が行かぬように、薄い膜のような結界魔法が張られているらしい。


「次。レィナータ=フォン=カルラシード。前へ。」


 レイの名前が呼ばれ、会場へと向かう。

 取る武器はやはりレイピア、中でも手首を守るガードの着いたものだ。


 相手の選手はショートソードを選択した。両手持ちで構える長剣だ。重量もあり、魔法で筋力強化をしないのだから、一撃を受け止める事は出来ないだろう。


 舞台へ上がると、想像以上の観客で埋まり、レイの姿を見て湧き上がっていた。


「チッ……。」


 前の青年はそれを見て舌打ちをする。レイへ恨めし気な視線を向けていた内の一人であった。確かに、レイにばかり注目がされるのだから面白い身分ではないだろう。

 審判の声が響く。


 「西方、レィナータ=フォン=カルラシード。

 東方、アルマス=フォン=ベルヴェルク。

 両者見合って。」


 剣を構え、互いに剣先を睨み合う。すぐにでも飛び掛かる相手へ対抗できるように。アルマスと呼ばれる青年も構えには隙が無く、それは彼なりに弛まぬ修練を行ってきた事が伺えた。


「試合、開始――!!!」



 相対するアルマスの持つショートソードは非常に実戦的な剣とされる。

 筋力強化して甲冑を叩き付けても壊れにくく、その上からでもダメージを与えられる。これは魔物との戦闘でも言える事だ。そして取り回しもよく、手入れもしやすい。入門的な剣ながら、応用幅は広く戦術の発展もし易い武器だ。


 対しレイの扱うレイピアは、放出魔法を扱える者ならば良いとされる。

 筋力を強化してしまうと細身の刀身が耐えきれず、簡単に折れてしまうが、指揮棒のようにして魔法を誘導させる事で、放出魔法の誘導性・操作性を高め、動きが精密になる事で疑似的に魔力の消耗も抑えられる。


 今、レイの対戦相手であるアクトは切っ先から目を逸らさぬようしていた。それと同時に、レイの手元も。

 これは放出魔法を警戒しての事だ。かつてサリーが火球を扱っていたが、あの時のように放出魔法はある程度の予備動作を必要とする。費用対効果として強力無比な破壊力こそ持っているものの、発生が遅い。身体能力を魔法で強化するなら予備動作を確認すれば十分に躱せるのだ。


 しかし、レイにとってこれらの駆け引きは無為な物だ。元より魔法を使わないと決めている。

 魔法を使わずに戦闘をするなど、相手への侮辱へも等しい行いであるが、レイはそうすると決めている。


「はっ!」


 レイは右足で石畳を蹴り上げ、突きを入れる。相手は筋力強化もしない事に驚くが、強化が込みであればなんてことはない一撃だ。ショートソードの切っ先でレイピアを薙ぎ払い、それを逸らす。

 だがその逸れでレイの攻撃は止まらない。剣先がずれた瞬間にぐぐ、と踏み留まり、懐の中でさらに石畳を蹴り上げ上空へと切り上げる!


「何っ!?」


 腕を伸ばしきったショートソードはレイピアの動きに間に合わない。身体を逸らしてアルマスはそれを躱そうとするが、その動きで逃げ切るにはあまりに距離が近かった。


「しまっ、」


 アルマスがそう言い切る前にレイピアの剣先は左肩に食い込み、革鎧に傷を付けた。


「一本!西方、レィナータ!!」


 観客がどっと沸き上がる。

 皆が筋力強化をして戦い合うのが当然の試合において、一切の魔法を用いずに一本を取った。それも辺境の英雄などと言われる、女であり王位継承者の一人という高貴な身分である。その一本は観客の期待に応えるに十分なものであり、歓声も止む無いものだろう。


 歓声にもたじろがず、レイはアルマスをじっと見、構え直す。

 そんなレイを見てアルマスは言葉を開く。


「……はっ。アンタ、親の七光りでもないみたいだな。」


 アルマスはレイに対しそう言った。

 この一撃が付け焼刃などでないのは、貴族として鍛錬を同じく積み続けている者であれば分かるものだ。型に嵌った美しい構えも、咄嗟の判断力も、レイという人物を認めさせるに足る物であった。


「ありがとう。君もだ。」


 レイはそう返す。

 これはお世辞などではない。彼の剣は、迷いが無い。確かな研鑽の積み重ねによる確たる自信だ。一戦目から素晴らしい相手と当たった事に、この試合が設けられた事に感謝する。


「二本目。向かって!」


 レイとアルマスは再び向かい合う。

 アルマスは最早慢心は無い。女だからだとか、辺境の英雄だとか関係はない。

 全力を出しても恥ずべき相手でないと、一戦目の打ち合いを通し悟ったのだ。

 それを察知したレイは思わず身構える。アルマスの戦意は、烈々とレイへと突き刺さる。


「始め!」


 その言葉と同時に走り出したのはアルマスだった。

 剣を構え、猛スピードで近付いて来る。ショートソードという重量をものともせずに、レイピアの切っ先を確かに捉えながら逃さない。


 その速さには理由がある。

 アルマスは手首と両足に緑色の淡い光を纏っている。


(敏捷力の強化か!両足、そして手首!)


 強化魔法も魔法の一種であり、ごく短時間しか使えない。そして、身体の部位に対し発動する。

 そして騎士らは魔法使いに比べ、魔力が非常に少ない。ここぞという時にこそ仕掛けるものだ。にも拘わらずアルマスはいきなり使用している。これは、レイを認めたという意味合いに他ならない。


 魔法に対しては魔法で抗するのが一般的だ。敏捷力に対抗するには、同じく敏捷力を上げねば相手取れない。名馬に対し素手の人間が立ち向かっても置き去りにされてしまうような、一方的な戦いになってしまうからだ。


(筋力、耐久力についてはある程度対策していた、しかしこれは……!!)


 レイピアの強みは初速の速さだ。いくら筋力を上げても、取り回しという点において本来はレイピアの初速には敵わない。だが、アルマスの敏捷力強化は剣を振り動かす手首にもかけられている。この一瞬においてのみ、レイピアに対し初速でも勝り、そして筋力や重量では当然勝っているのだ。


「受ける!」


 レイピアで受けるという判断は本来良い物ではない。細身の刀身は下手すれば剣が折れ、試合が続行できなくなればそれ一本で勝利とみなされる。

 ガン、と木製とは思えぬ程大きな音が響く。

 だがレイは相手の攻撃に対し、


「何……!?」


 剣でなく、護拳。持ち手のガードの部分を敢えて当てる事によって受け止めた。

 アルマスはそれに対して思わず唸り、これにはおお、と歓声が上がる。

 しかし、衝撃をそのまま受け止めるという意味合いでもある。ビリビリとショートソードの重さを直に喰らい、その衝撃からレイの剣を握る手が少し弱まる。そこに、アルマスは仕掛けた。急接近し、そのままレイピアの刀身へと迫ったのだ。


 しかしながら、レイは剣を落とした。


「一本!東方、アルマス!」


 わっと観客は盛り上がる。

 いつの間にやら、アルマスを応援する声も少なくない。口々に観客が話す。


「いやあ辺境の英雄も見事だけど、流石にあの一撃で剣を落としちまったかあ。」

「すんごい早かったもんね!あんなにおっきい剣なのに!」


(……違う。)


 観客の声に、アルマスは内心否定の言葉を浴びせていた。


(コイツ、レィナータはわざと剣を落としたんだ。

 剣を折られるとその時点で失格になる。俺の狙いが、レイピアを破壊する事と分かってわざと俺に一本を譲り、それを阻止した。)


 レイはレイピアを拾い上げると、三度みたびアルマスへと向き直る。


「見事な一撃だった。あの初速は躱せなかった。」


(違うな。あの一撃は躱すつもりはなかった。一本、俺に渡すつもりでいた。それでいて、俺の手の内を読んで来たんだ。)


 アルマスも同じく、レイへと向き直る。


「さあやろうか。泣いても笑っても次が最後だ。」



 2


 実のところ、アルマスの推測は半分は合っていて半分は間違っていた。

 レイは剣を落としたのはわざとであり、一本を様子見に譲ったのは間違いなかったが、レイはあの時点でアルマスの敏捷性に対する対抗策が無かったのだ。


(まさか彼が、強化魔法を二部位に同時にかけられる程に習熟しているとは。)


 両足だけ、両手だけという風に部位を限定させ、右脚と左脚、のように同じ働きをする部位にのみ強化魔法を付与するのが一般的だ。別の働きをする部位に強化魔法を付与するのは、頭の中で処理が異なり、非常に繊細な技術を要求される。それをアルマスはやってのけているのだ。


 思わずニヤリと笑う。こんなに強い相手といきなりぶつかるか、と自分の幸福に感謝する。それと同時に納得もする。これほどの腕の持ち主なら、純粋に自分達を見られずに辺境の英雄などと持て囃されている相手を気に入らないのも道理であると。


 彼ほどの名手を相手に魔法を抜きで勝てる手法は、レイがメリアスに習った中には無かった。

 メリアスも元々は魔法を扱えていたのだから、レイがメリアスに習った剣術もそれを前提としたものだったからだ。


(いや、待てよ――。)


 一つ思い至る。勝てるかもしれない可能性を。

 勝負は一瞬だ。瞬きの間に、勝ちでも負けでも勝敗は決する。


「三本目、開始!」


「出し惜しみはしない。お前にならば使う価値がある!」


 今度はアルマスは両足首、右手に絞って敏捷力強化を行った。動きを細かにし、レイピアでも反応させないという意思を感じる部位だ。

 それに対しレイは、アルマスに剣先を向けるのを止める。剣を寝かせ、水平にし、左手をレイピアの刀身に添え、受ける姿勢へと移行する。


「なん、とこれは……!!」


 レイピアという武器ながら、速度ではなく受ける事を意識する構えへと変えたのだ。これは、メリアスによる教えではない。昨晩の戦いにおいてロウェオンが大剣の構えを受ける為こうしていた事を思い返し、あれならば速度に勝る相手にもやり合えると判断しての事だった。


 敏捷力強化をして突っ込んできているアルマスは、最早身体の勢いは止まれない。想定外の動きを見せて来たが、それでも攻める事を選択した。ショートソードを片手で持ち、薙ぎ払うように防御の無い頭を狙う。それに対して、レイは身体を背中側に倒し、最低限の動きで剣の一撃を躱す。

 身体を反らしながら、レイピアをビリヤードのように構える。狙いの先は無防備になったアルマスの胴だ。


「しまっ、た……!!」


「此処だっ!!」


 身体を起こす勢いと共に捻じ込むようにレイピアを突き入れた。ショートソードでの防御は間に合わない。その切っ先は、胴へと向けて真っ直ぐと狙いを定めたまま突貫する。


「一本!!そこまで!!」


 ばしん、と響く音が鳴ったと同時に審判が叫んだ。ひとたび静まり返った後に、観客席はわっと沸き上がる。ギリギリの戦いであれど、確かにレイは一勝を手にしたのだ。



 3


「大丈夫かい?」


 倒れたアルマスに手を差し伸べる。振り払われるかとも思ったが、レイの手を素直に掴み、起き上った。


「お前程の相手であれば、俺が負けても悔いはない。」


 立ち上がったアルマスの第一声はそれだった。互いに全力を出し尽くした試合だった。感想を交わしながら、待機席へと戻っていく。


「あの最後の身のこなしは見事だった。型破りだが効果的、実戦的な躱し身で俺は対応が間に合わなかった。」

「いいや、アルマスこそ。強化魔法をあれだけ身体中に同時に使えるなんて。」


 そしてアルマスが続けた。


「しかし、魔法を使わせられなかったのは少し心残りだがな。」


「あ、それはその。実は……。」


 アルマスのような清廉な相手であれば、伏せずに話した方が良い印象を持たれるだろうと判断したレイは、素直に打ち明けた。自分が魔法を使わずに全勝し、学院騎士団に入れと兄に命じられたと。そして、それをレイ自身も承諾している事を。


「なんと。ロウェオン様が……。」


 アルマスはそれだけ言うと頷き、納得したように続けた。


「確かに、女の身であればしがらみを振り払って加入するにはそれだけの功績が無くてはならないし、それであれば誰も文句を付けたりはしない、か。

 実の所、ただいたずらに荒らしに来たのかと警戒していたのだが。

 そういう事ならば、俺も内心応援していよう。」


「あはは、ありがとう。そう言ってくれると僕も助かるよ。」


 彼と始めに戦えた事は財産となるだろう、そうレイは確かな手ごたえを感じていた。

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