5話 一打

 1


 カルラシード家の庭、鍛錬場。

 深夜ではあるが、二人の若者がそれを使っている最中であった。


「はっ!!」


 練習用革鎧を着たレイは木のレイピアを振りかざしロウェオンに襲い掛かる。ロウェオンは木製の巨大な大剣を構える。

 レイの構えは実に丁寧であり、お手本を見せるとするならそれはレイの構えと針の一本ほども違わないだろう。対し、ロウェオンは力を抜き、受け流すような姿勢を取る。

 身の丈ほどもあるというのに、器用に構えてはレイピアの攻撃を弾き返し、返す刃でそのまま一回転してレイの腹部を強打する。


「がっ、ぐぅ……!!」


 大剣による一撃を喰らい、思わず地に伏せるレイをロウェオンは一喝する。


「立て!

 この程度か。辺境の英雄というのは!!」


「まだです……まだ、やれます!!」

 膝を立てて起き上りながら威勢よく言葉を返す。

 立ち上がり、再びレイピアを構え、ロウェオンに対し突き立てる。脇腹を狙う一撃は大剣の腹で逸らされ、そのまま肘による一撃を加えられる。



「酷い……。」


 そう漏らしたのはその戦いを見ていたサリーだった。そもそも、彼女は魔法や座学を学んでいても本格的な鍛錬には付き合った事はない。このような過激な光景を目にする事は初めてだった。

 それに対し、メリアスは言う。


「なんと、素晴らしい兄御か。」


「そう……かな?

 わたしには、レイ様をいたぶって遊んでいるようにしか見えないけれど。」


 ツバキもその言葉には驚いたようで、メリアスへと聞き返す。それに対してメリアスは熱っぽく語った。


「ああ。ロウェオン様程の御方であれば、レイ様の力量を計り損ねている訳ではない。彼は侮りでなく、本当にレイ様の剣を見込んで対峙しているのだ。

 それに、ほんの僅かであるが、少しずつ少しずつレイ様の攻撃も受けている。」


 メリアスにそう言われて目を凝らす。サリーとツバキには一方的な戦いにしか見えていなかったからだ。

 だが、よくよく見るとロウェオンの革鎧はあちこちが割けているのだ。


「いつの間に……。」


「見ていても分からない程に、レイ様は手練れだ。

 いつ手痛い一撃を喰らってもなんらおかしくはない拮抗した戦いであるのに、ロウェオン様はレイ様の鍛錬にと付き合っている。

 彼が、あれほどに親身な御方であるとは思っていなかった。」


「いいえ、不正解ですよ。彼はどこまでも自分勝手なのです。」


「「「!!」」」


 そう話すメイド達に、執事長クレイザインが鍛錬場に歩いてきた。

 メリアスが話しかける。

「クレイザイン殿。」


「面白そうな事をしていますね。私も見学に参りました。

 ああ、そうそう。ロウェオン様が親身、という話でしたね。それはないですよ。」

「彼は学院でも武勇では入学時からダントツのトップではありますが、愛想の悪さが災いして彼に話しかけるのは第一王子・アクシャーダ殿下程度なものです。」


「でも、レイ様にはあんなに丁寧に鍛錬に付き合ってるよ。」


 ツバキの問いかけに、ああ、と思い返したようにクレイザインは言う。


「レィナータ様の素質を見抜いてらっしゃるのでしょう。

 遠巻きに見る分には高潔、近付けば無口・不愛想な我が主ではございますが、武の気配を持つ相手にはここぞとばかりにまくし立てます。

 レィナータ様が学院騎士団の話を伺っている時、食事の最中であるのに手を止めて口元を吊り上がらせておりました。」


 レイピアの一撃を大剣で防ぎ、跳ね飛ばす。

 その攻防が続くが、レイは決定的な一打を入れる事は出来ない。

 そうした戦いが、ひたすら一晩中続けられていた。



 2


 空は白み始めていた。夜明けはすぐそこに迫る。

 であるのに、レイはまだロウェオンに明確な一打を与えるに至ってはいなかった。

 大剣の腹で突き飛ばされ、またも地面に伏せる。


「がっ!!」


「どうした!その程度か!

 動きも単調になってきているぞ。それで俺から一本取れると思っているのか!」


 レイは倒れたまま、ぎりり、と地面を掴む。少し顔を上げたあと、力尽きるように顔を地に伏せた。言葉も発さない。

 そのまま数十秒動かない。伏せている間に春風が吹き抜け、砂埃が舞う。


 ロウェオンは折れたのか、と見切りを付けようとしていた。

 クレイザインは肩をすくめてため息をついている。

 ツバキはそわそわとしている。サリーは、心配そうにじっと見つめている。

 だが、レイの剣を最も多く見て来たメリアスは主の勝利を未だ諦めてはいなかった。


 その瞬間の事であった。

 光。

 周囲がきらりと輝く日の出、朝日で満たされる。

 その光で皆思わず、一瞬目を細めた。


 ――その、刹那。

 レイは素早く立ち上がった。レイピアを握りしめ、駆けだす。

 レイは立ち上った朝日を背にしていた。光に溶け込んだレイを捕捉するのがほんの僅かだけロウェオンは遅れた。だがそれならばと視覚に頼らず、聴覚・嗅覚で気配を手繰ろうとする。しかしながらそれも失敗に終わる。レイは、握りしめていた土をロウェオンに向かって投げつける。一瞬、ほんの一瞬だけレイはロウェオンの認識から消え去ったのだ。

 認識が出来ない状態ながら、あらゆる角度からの攻撃に備える。

 この一晩でレイの動きは見た。その上で、レイの狙う両脇腹、脚、肩を重点的に守る。大剣の腹を構えていた。

 だが、それらの防御は意味を成す事は無い。レイは跳び上がった。そして、大剣を足場に踏み超え、レイピアを頭に向かって思いっきり振り抜いたのだ。

 ロウェオンは背中から倒れていく。レイは前のめりに、地面に激突する。


 レイは、打ち合いの最中で魔法抜きでは正攻法では勝てぬ相手と悟った。

 故に一撃。それに全てを賭けねばならないと悟り、それを打ち込む決定的な一瞬を生むにはどうすれば良いかを考えた。

 その時に思い返したのは、辺境の屋敷の庭で五年前に行われた、自らの転生と誓い。朝日を背に、自ら断髪した時の事を思い返す。後々に3人から、「逆光で表情が伺えなかったが、神秘的なお姿だった」と言われたことを。

 これは使える。そう思ったレイは、夜が明けるまでの打ち合いの最中、敢えて単調な剣に切り替え、朝日の登るその一打では大きく振りかぶる別の剣の動きに変え、対応を遅れさせた。登る太陽を背にするように、ちょうど東を背にするように位置を調節した。悔しがるふりをして、自身の気配を最後にかき乱すよう土を握った。そして数十秒、時を待つ。


 かくしてその企みは成功した。

 見事、圧倒的な武威を持つ自らの兄・ロウェオンを打倒するに至った。

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