4話 兄の宣告
「兄上……ッ!!」
緊張ぎみながら、慟哭するようにレイが呟く。
第二王子、ロウェオン=フォン=カルラシード。
先程の食事ではレイに殆ど興味を示さなかった彼が、何故レイの部屋を訪ねて来たのか。妹とはいえ目麗しい淑女の部屋。この深夜という時間も合間って、メイド達には警戒が走る。館の長男という名目がある以上武器を取ったりはしないが、明らかに目の色を変えるメリアス達を見てロウェオンは口を開く。
「良い兵だ。よく調練されている。
俺の部下はそうはいかん。腑抜けた馬鹿も多かった。
唯一、クレイザインはその三人にも劣らぬ傑物だがな。如何せん、あの男は俺の動きを愉しんでいる節がある。それに引き換え、忠誠心のある部下は良いものだ。」
分かりにくいが、恐らくメイド達を褒めている。
しかも兵と前置いた上で、だ。レイにとって言動が読めなかった。
だが、言動を読む必要など何もない。彼はただ直球に要件を言ってのけた。
「レィナータ。英雄などと呼ばれているが、俺が求めるのは強さだけだ。
お前は相当に強いな。鍛え上げている。その上で、騎士団にも興味を持った。」
「は、はい。私は騎士団に向かい、話を訊きたく思っております。」
「学院騎士団に入れ。」
ロウェオンの言葉に驚愕したのは、レイではない。
メリアスだった。
「お、王子殿下!!その、失礼ですが、女性が騎士の鞭撻を持つ事に嫌悪は無いのですか!?」
「無い。
男でも弱い奴は弱い。女でも強い奴は強い。それだけだろう。」
メリアスは、その言葉を訊いてほっとしたような顔を浮かべる。
かつて第一王子には追放を受けたというのに、この対応の差はなんなのか。レイはそれを疑問に思い、自分が王女という立場であるからなのか、王宮騎士団であったからなのかと思案を巡らせる。
思考の結果、前者は否定し、後者は一部肯定する。
前者は関係ない。ロウェオンは純粋な武人であり、元よりただの自分に興味を持っていなかった。恐らくは男も、女も、前置きの条件の全てが等価値でしかないのだ。
後者は一部のみ関係ある。王宮騎士団は、あらゆる思惑の渦巻く場だ。対し学院騎士団はあくまで学院の一クラブに過ぎない。そこには政治的権謀以上に、人間関係程度のレベルでしか拒絶の空気は存在しない。
だが、ロウェオンはそう思っても周囲は違う。
レイはロウェオンに言葉を返す。
「御言葉ですが、兄上。
騎士団に女を入れようとすると、要らぬやっかみを買う可能性があるのでは?
必要とあらば私は如何なる嵐とて超えましょう。ですが、嵐に無策で飛び込むつもりはありませぬ。」
その言葉を訊いたロウェオンは待っていたとばかりに口元をニヤつかせながら答える。
「そんなくだらん物は力で、功績で。事実で捻じ伏せろ。
魔法を使わず模擬戦闘試験で1位を取れ。それ以外は認めん。」
ロウェオンの言葉に動揺する。
元々、ある程度の成績を収めるつもりではいた。
だがある程度で十分だ。悪目立ちするし、それは後々の活動に影響が出る。
何より自分が同世代で最も強いとは思っていない。貴族の薫陶を直接受けた、さらに強い騎士の卵たちはひしめいている。それに勝てると思う程、自惚れても居ない。
魔法には強化型と放出型、そして回復魔法に大別される。
男性は強化型を得意とし、女性は放出型を得意とする。
筋力の純粋な強化であれば男性が勝るし、炎を噴き出すなどであれば逆に女性が勝る。男性が騎士として大成する最大の理由である。
そして当然ながら、体格も男性の方がずっと良いだろう。レイは女性では長身であるが、それでも男性に比べれば中の上程度だ。
当然、相手は強化魔法を晴れ舞台と勇んで存分に行使する。それは罰せられることではないし、寧ろそれこそが正しい。大一番に全力を尽くしているのだから。
武器は木製で革鎧を身に着けるし、回復術士も備えられているが、それでも魔法騎士同士の戦闘は苛烈を極めるものである。殺しは禁止されていても、万が一もある。その為に模擬戦闘と魔法披露の二部門に分けられ、女性は魔法試験に臨むのだ。
それをロウェオンは全て承知の上で、一切魔法を封じ勝利しろと言っている。
「どうした。無理だ、とでも言いたい顔だな。」
「冷静に判断を下しているのです。」
「俺に歯向かうか。そうでなくてはならん。」
そう言うと、ロウェオンはマントを翻して背を向ける。
「付いて来い。
夜明けまで時間はある。鍛錬場に来い。」
流し目でレイを見るその横顔は、愉しみを堪えられないような顔つきをしていた。
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