3話 カルラシード邸

 1


 会食が開かれた。

 随分と恰幅の良くなったカルラシード伯が上座に座り、長男であるロウェオン=フォン=カルラシードが逸れに並ぶ。その次に、レイの姉でもあるアリェナが座っていた。

 食卓はなんとも豪勢だ。海産物から山の幸まで揃えられ、焼き立てのパンは香ばしいのにも関わらず主菜の邪魔をしない。いくら辺境伯としても地位があれど、辺境では食べられないような食事。だが、同席しているのがこの者らでは食事とて目落ちするというものだ。


(メリアス達と食べる方が美味しいな。)


 それがレイの率直な感想であった。

 しかし、それに続きカルラシード伯が口を開く。


「レィナータ。辺境の統治はよくやっているようだな。

 あのような何もない土地を守り続けるのも大変だろう。」


 つまり、この豪勢な食事を通して、これらは流通の安定した王都でないと食べられないぞ、と言いたいのだ。

 屋敷・メイド・客室・食事。客人を出迎えるグレードにはその家の豊かさを象徴する意味合いもある。王族に最も近い貴族であるのだから成程、自身以上に優位な家はない。


 一つ上の姉・アリェナが口を開く。

「明日から貴女もハーヴァマール王立学院に入学する身。

 カルラシード家の一員として、相応の振る舞いをするように。」


 当然の事を言っているように見えるが、カルラシード伯に続けて言ったという事は皮肉だろう。辺境の地に居る田舎者が、私達のように麗しく振る舞えるのか、と。

 長男のロウェオンはそれに反応するでもなく食事を続けていた。


 この家の力関係が少し見えてきた。

 どうやら、父の力は衰えているらしい。レイの暗殺に失敗したからか、それともその後の虚像の英雄のせいか。でなくては、例え望まずともロウェオンが追従せぬ筈がない。


 姉アリェナは第五継承権、兄ロウェオンは第二継承権を持つ。

 だが、ここで彼らと友好な関係を築くのは少し難しい事が伺える。サリーを追放したアリェナとは、元よりそのつもりは無かったが。


 レイは口を開く。

「姉上。私は若輩の身です故、ハーヴァマール王立学院について知りませぬ。

 可能であればご教授頂きたいのですが。」


「フン。貴女も年上に対する尊敬という物がよく分かっているようですわね。」


 母とアリェナは僅かな間しか共に居なかったが、よく懐いていたそうだ。幼いレイには記憶にない。身体の弱かった母は、レイの出産をきっかけに体調を悪化させ、死んでしまったという。アリェナと父のレイへの嫌悪は、ここから来ているのだろう。

 それ故に、レイが縋るような態度を見せると自身が上に立ったと認識し、上機嫌に語り出した。


(ある意味、分かりやすいなこの人は。)


「良いですの。ハーヴァマール王立学院とは王国中の貴族が集う誉れの学び舎。

 私達の様な高潔な血の流れる者が通うに相応しい場所ですの。

 この場にて剣を、魔法を、学を修め、将来フーニカールの栄光の一助を担う淑女を生み出す場でもありますわ!

 明日行われる第二入学試験!これは模擬戦闘も魔法発表も、共に一般にまで開かれているフーニカール王国の祭事の一つでもあり……」


 機嫌よく語るアリェナを後目に、ロウェオンに目を向ける。

 アリェナと違い、私に優位に立ちたいようなエゴイズムは感じられない。

 だが興味も感じられない。まるで無いように、淡々と食事を取っているだけであった。


(メリアスの事を言えないな、私も。)


 戯曲のように、仲睦まじい貴族はどれほど居るだろうか。

 貴族であるのに暖かな人間関係を維持しているアトリーズ家が羨ましくなる限りだ。叩き上げの貴族であるから、少し事情が違うのは承知の上であるとはいえ。


 アリェナがひとしきり話しきったタイミングで、レイが仕掛けてみる。


「父上。ゲイルチュール家ですが。」


 カルラシード伯の目尻がぴくりと動く。

「ああ、かつては才女と目された者も居たそうだね。」


 メリアスがレイの後ろに控えているというのによくもふてぶてしい態度を取るものだ。後ろをちらりと見ると、メリアスは平然と耐えている。関係ないツバキの方が苛ついている様が見て取れる。

 これだけでは測れないな。まだ踏み込むか。


「ゲイルチュール伯はかつて騎士団長であったと伺っておりますが。」


「ああ!そのような時もあった。もう三十年も前の話になる。

 今は隠棲していると聞く。そういえば、ハーヴァマール王立学院では学院騎士団の顧問をしているそうだね。」


(ほう、それは初めて知ったな。)

 ゲイルチュール家の動向については詳しくは知らなかったレイにとって、ほんの僅かであっても有益な情報だった。尤も、この程度なら学院に入れば知れる為容易に言ったのだろう。


(ともすれば、ゲイルチュール家について今深堀りを急ぐ必要もないか。

 父は僕にやたらと警戒もしている事だし。)


「有難うございます父上。とても充実したお話を訊く事が出来ました。」


 こうして、ロクに味を感じられない程に気まずい食事を終えて早々に部屋に戻っていく。

 だが、方針は見えた。隠棲したとされるゲイルチュール伯に出会う、さらに言えば良好な関係を築き上げたいものだ。




 2


 自室に籠り、メイド達と話す。


 入学にあたり、試験がある。全員参加の筆記試験と、模擬戦闘と魔法披露の選択になる。

 これは試験とは名ばかりの、入学前の能力を計るもの。貴族の子が入学が義務付けられている以上、落第だとか留年だとかそういうものは断じてないのだ。

 しかしながら、この試験には直接的ではなくとも入学後のカーストが決まる節がある。一部を除き身分の高い人間ばかりが集う為、入学後の人間関係の形成は将来的なコネにも繋がる。具体的には、好きなクラブ活動に入れるぐらいにはなるだろう。

 ゲイルチュール伯が顧問をしているという学院騎士団とは、多少名をかっこつけてはいるが学生の剣術クラブだ。サリー曰く、ここに所属していると後年に王宮騎士団や前線の良い場所に配属されやすいとか。だがレイの目当てはクラブそのものではなかった。


「ゲイルチュール伯がこちらに居られるそうだ。」


「ええと、それってメリアスちゃんの……?」


 本邸の給仕と共に厨房に籠っていたサリーにも事情を話す。


「なるほどお、じゃあ、メリアスちゃんの為にそのクラブに接触しようとしているのですね。御立派ですわ。」


「ああ。

僕がゲイルチュール伯に接触すれば、彼の真意が分かる。

メリアスの追放に関する事実にも辿り着く。」


 サリーとレイの会話に、メリアスは顔を赤らめて照れている。敬愛する主が、自らの為に奮闘しようとしているのだから当然だろう。


「とはいえ。騎士団に行って話を訊くだけなら、余裕で行けると思う。

 此処で虚像の名声に助けられたね。せいぜい、利用させて貰おうじゃないか。」


 そう言うレイに、トントンと部屋をノックする音が響く。


「こんな時間に誰だろう。わたし、出るね。」

「明日は早いし、適当に追い返して貰って構わないよ。」


 扉へと向かい、ツバキが応答する。

 だが、ツバキは主命に反してあの、と逆にレイを呼びに来た。

 不思議に思ったレイが、扉まで向かう。


「レィナータ。話がある。」

 そこには兄であり第二王子、ロウェオン=フォン=カルラシードがそこに立っていた。

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