2話 家名

 入学式前々日。入学試験前日。

 入学式に、能力を計る入学試験というものが用意されている。仮にも王族の末席を担う身として、それをすっぽかす訳には行かず、その為に少し早くに王都には到着していなければならない。

 周りは敵ばかりと分かっている場所に踏み込むのは、レイでも気乗りはしなかった。馬車の中、思わずため息を漏らす。


「はあ。」


「レイ様でも、憂鬱でため息を漏らすことはあるのですね。」


 思わず尋ねたのはメリアスだった。

 無理もないとは分かっているとは言えど、年頃の少女のように親と会いたくないのは随分と可愛らしい動機だ。尤も、そこにまつわる理由はなんとも血生臭いものではあるとはいえ。


「ああ。確かにね。

 ある意味では五年間、僕は入学よりもこの瞬間が嫌だったとすら言える。」


「そこまで嫌なら、ウチで……アトリーズ家で一日を過ごしても宜しかったのですよ。」

 サリーはそう提案する。領地こそないが、アトリーズ家もまた王都に居を構えている貴族の一角だ。


「そういう訳にもいかないよ。カルラシード本邸から泊まれと言ってきて断るのもね。

 何より、アトリーズ家には大恩がある。こんな避難所のような感覚で使いたくないし、きちんとお礼に伺いたい。」


「あらあら。そこまでお気になさらなくて良いですよ。」


 サリーの実家でもあるアトリーズ家は、あの魔物の襲来の後に回復魔法の使い手を派遣して貰った家でもある。あの時レイにとって安心して頼れる唯一の貴族との繋がりであった。アトリーズ家が居なければ、メイド達は三人揃って死んでいただろう。

 あれからもアトリーズ家とは親交があり文面では継続して今もやり取りがあったが、サリーを娶る事は伝えては居なかった。


「僕が直接、サリーを下さいって言いに行くよ。」


「……ふふっ。楽しみです。」


 そう言ってサリーは悪戯っぽく笑う。

 二十四歳の最年長である彼女は皆のお姉さん的立場として振る舞ってはいるが、レイに詰められる時だけはどうにも弱い。


 その様子を見て、メリアスは少し面白く無さそうな表情をしている。

 二人の仲に対しての嫉妬とかそういう感情ではない。いや、嫉妬ではあるかもしれないが少し種類が違って――。


「私の家、ゲイルチュール家ってカルラシードとは繋がりがあるんでしょうか。」


 「「あー……。」」


 ゲイルチュール家。

 メリアスは元々、メリアス=フォン=ゲイルチュールという家名を持っていた。ゲイルチュール家はアトリーズ家とは違う、領土を持つ本物の貴族だ。国家反逆罪として処罰された際に家名を剥奪され、ただのメリアスとしてカルラシード家に仕えさせられる事になる。


 ここで問題なのは、ゲイルチュール家とカルラシード家には繋がりがあるのかどうかだ。レイはかつて、その危険性からゲイルチュール家を頼る事が出来なかった。繋がりがあるからカルラシード家へ追放できたのか、繋がりは無いからこそ関係を断つ為にカルラシード家に追放させたのか。それが分からなかったのだ。

 政治的利権を除けば、前者と後者の違いはただただ単純で、『ゲイルチュール家にメリアスは好かれているのか嫌われているのか』。これだけに帰結する。


「メリアスは、自分の家の事どう思う?嫌われてると思う?それとも仲良しだと思う?」


 レイは単純な質問をメリアスにぶつけた。

 こればかりはメリアス自身の所感でしかないのだから、複雑な理屈は必要ない。


「……………………。

 う~ん…………。

 …………いやでも、

 ……………………う~~~~~ん。」


 メリアスはその問いかけに対し肯定も否定もせず、唸りながら百面相をしている。

 難しいのだろう。好意とは1か0の二進数で導き出せるものではない。かつてレイは辺境に追いやった父を身体の弱い自身への気遣い故なのかと思った事もあった。実際は、身体が弱っていたのは父が、家族が、毒を盛っていたマッチポンプだった。

 メリアスにも、同じ事がきっと言える。

 純粋な好意と受け取るべきな言葉が本当にそうであったのか、悪意とその時感じ取った言葉は本当に悪意であったのか。それをいくら反芻しても、分からぬ時だってある。

 だが、過去に繋がる事実を今見つける事はできる。

 もしも国家反逆罪が過ちであったといつか立証できれば、首のチョーカーも外し、メリアスの全力を出してやれるかもしれない。


「さあ、見えてきたよカルラシード邸が。

 ゲイルチュール家との繋がりも、あるとすれば此処だ。

 1日しかないけれど、少しぐらいの綻びは見えるものかな。」


 かつてレイが追放された屋敷に、レイを迎える為に屋敷の扉は開かれた。

 それが望んでか望まずか、それは問わずとも開かれる事実こそが肝要である。

 


 

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