3章 烈氷の剣姫
1話 王都へ
ハーヴァマール王立学院。
貴族・王族は十五歳からこの学院に通う事を義務づけられている。
そして、レイにもまた、その日はやってきた。
迎えの馬車が屋敷に留まる。
カルラシード本邸の執事長、クレイザインが直々にやってきたのだ。
文武両道、並の騎士よりも強いとされる男。二十九歳という年齢で王侯貴族の執事長を務めるのだから、父直々に認めている何よりの印だろう。
彼は馬車を止め、頭を下げながらレイを出迎える。
「お久しぶりでございますお嬢さ、ま――。」
クレイザインは言葉に詰まる。
屋敷より現れたのは一目ではまるで絵本に描かれる白馬の王子様のような青年であったからだ。
ただし、青年でないのは大きな胸部でようやっと分かる。ただし、学校指定のスカートと同じ柄の生地の
下は身体のラインの出る紺色のパンツスタイルに、黒いブーツ。腰には細剣が備えられている。左手には指先から肩まで白銀の
艶めく白銀の髪は短く整えられ、左側には編み込みを入れたサイドアップ、右は流しており、青い髪がメッシュとして入っていた。眉は細く整えられ、銀の睫毛は長く、深く蒼い瞳を強調させる。その内、左の瞳には十字の文様が入っているのが見える。
これが、クレイザインがお嬢様と呼んだ少女。レィナータ=フォン=カルラシードの十五歳の姿であった。
「久しぶりだねクレイザイン。
学園までの道のりは君が出迎えてくれるのかい?結構な事だ。」
クレイザインは少し黙り驚いていた様子だったが、こほんと息を整えると平静を取り戻した。
「ええ。こちらに、馬車をご用意しておりますので是非御乗り下さい。」
「ああ、では遠慮なく。
だが従者を連れて行く。それは君も文句はないだろう?」
「ええ、ええ。勿論にございます。」
学園には、それぞれ一人まで、王族は三人まで従者を連れて行く事が許可されている。次代の領主・王の集う場所である為に、暗殺の防止という意味合いが強いのだ。
当然、レイはその従者を自分の持つ三人のメイドに指名した。
メリアスはメイド服の上から、薄黄色の軽装の胸当てを装着していた。これはあの時メリアス自身が剥がした壁猪の甲殻を転用したものだ。首には5年前から続けて黒いチョーカーを付け、木製の剣を腰に差し、左脚には魔法義肢を装着している。左脚が義足であり罪人の首輪により魔力のバランスが不安定である筈なのに、その体幹には一切揺るぎがない。
サリーはメイド服の上から、薄紅色のレースのポンチョを羽織っており、たおやかな印象を与える。その印象とは裏腹に物々しい魔法義肢を左腕に備えており、赤いメッシュが栗色の髪に混じる。貴族の娘としての品格を備えながらも、守られるだけの女ではなくなっていた。
ツバキはメイド服の上から、ややぶかついた深緑色のローブを着て、マフラーで口元を隠し、左眼には眼帯を付けている。下半身はドレスを短めにし、黒いタイツを履いていた。5年前の彼女には希薄であった、貴族の従者然とした立ち振る舞いが身についている。
メイドであるのにも関わらず歴戦の猛者の如き武威を感じ取りながら、クレイザインは皆も同乗するように促す。
メリアスとサリーはレイに同行して馬車に乗り、ツバキは後ろから葦毛の雄馬に跨って随行した。この白馬は、あの夜壁猪と戦った際に荷車として使われていた馬である。
あの夜から彼女らが決意したように、この馬はそれに呼応するように鍛え、食み、身体を大きくしていった。言葉は無くとも、彼なりに思うところもあったのかもしれない。そんな彼にレイは名を与え、メイド達の頭文字を取って『メリッサ』と名付けられた。
(執事長であるクレイザインがやってきたという事は、僕達の振る舞いが見られているな。)
(此処で僕を暗殺するようには流石に思えないが、警戒しておくに越した事は無い。)
レイはそう感じ取り、ツバキだけを外から見張らせたのだ。
武力・膂力ではメリアスに敵わず、サリーのような魔法も使えないツバキだが、その身のこなしと審美眼は誰も敵わぬほどの一流であった。
ある意味、暗殺を何よりも警戒すべきな王族という立場において、何よりも重宝すべき人材と言える。
睨みつけられるツバキの金色の目。
委縮した従者も少なくなかった。
だがクレイザインはカルラシード伯に能力を買われ、認められるだけは有り、無能などでは決してない。ツバキの能力の高さについても直感というレベルでしかなくとも、それを把握していた。
それに物怖じする事なく、淡々と従者に指示を出し、馬車は王都へ向けて発車した。
(あれがレィナータ=フォン=カルラシードか。驚いた。想像以上の傑物になっているじゃないか。
アレに姉であるアリェナ様、兄であるロウェオン様は立ち向かう訳だ。
随分と愉快なコトになりそうだ。)
渦中にあるとも言える男の心情はこうであった。
執事長クレイザイン。
間違いなく有能ではあるのだが、こうして物見遊山気分で勢力争いを愉しむどうしようもない性根の悪さが玉に瑕である。
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