8話 レイの誓い
1
三人は、命を取り留めた。
レィナータの咄嗟の行動により、三人が大事に至る前にウズの村に駐在している薬師が到着する事が出来た。深夜であったが、返り血で薄汚れた身体で頭を下げ、薬師を急遽屋敷に呼び込んだ。
あくまでも薬師であり、簡易的な処置しか施す事は出来なかったが、それでも薬草と止血により一命を取り留め、王都より遣わされたアトリーズ家、つまりサリーの家に密かに通告する事で回復魔法の使い手を派遣して貰えたのだ。
サリーの家としたのは、レィナータの判断である。
この状況、恐らくは自分のカルラシード家によるもの。そしてメリアスの家であるゲイルチュール家も恐らくはカルラシード家と繋がりがある。
政治的に領地を持たず、娘を純粋に応援しているとするアトリーズ家であれば助力を嘆願できると考えたのだ。
この試みが功を奏し、メリアス、サリー、ツバキの三名は皆揃って死の淵より生還した。
村人の誰もが怪我をしなかった。
彼女達の奮闘の甲斐あってのものであり、村人たちは大いに喜んだ。
ただし。
メリアスは左脚を喪失した。
サリーは左腕を喪失した。
ツバキは胸から肩にかけて真一文字の傷が残り、左眼を喪失した。
彼女達が傷口由来の熱に魘されている間、レィナータもまた魘されていた。
好調になりつつある自分の身体。そして不自然に現れる魔物。
これは、どういう事なのかレィナータは完全に理解した。してしまった。
これは、辺境であるウズの村すらも巻き込んだ暗殺計画であったのだ。
その為にレィナータをメイド三人と共にこんな村へと送り付けたのだ。
そう思うと、納得もできる。
それは、きっと私達を殺した後にカルラシード家が兵を出兵し、なるべく討伐を容易にする為だろう。魔物は成長が早い。村を襲い続ければ、とんでもない速度で成長し、兵も生半可な負傷では済まなくなる。だから未成熟な個体で十分だと判断した。事実、三人のメイドが戦闘能力が無ければレィナータは間違いなく死んでいた。
「私であっても、王位継承権は有している。それが、お父様や兄上、姉上にとってどうしようもなく不快なんだ。」
そして、
彼女達は身を呈して守ってくれた。代償に彼女達は、一生残る傷を負った。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
2
彼女達に、どうしようもない傷を与えてしまったのは私のせいだ。
しかし腹立たしい事に彼女らが傷ついても、サリーしか気にする者はいない。
そしてアトリーズ家は私を気にするなと手紙を送りつけた。
きっと、愛する娘が傷物になって内心怒り狂っているはずなのに。
三日三晩泣き腫らした。
自分への理不尽以上に、彼女らに向けられた理不尽へ怒った。
メリアスも、サリーも、ツバキも。
皆私と共に殺すつもりだったのだ。殺しても良い人材を私と共に辺境へと追放したのだ。
胸の奥へ憎悪がひしめく。
けれど。
メリアスの騎士たらんとする清廉さを想う。
サリーの本物の母よりも優しい母のような笑顔を想う。
ツバキの本物の姉よりも暖かな言葉を想う。
彼女らを想うと、胸の奥の憎悪などちっぽけな程に暖かい光が溢れるのを感じる。
憎しみなど、彼女らへの愛に比べれば爪の先にも満たないほどになんとちっぽけなことだろうか。
この光は何なのか。
罪悪感か?それとも家族愛か?
違う。断じて違うと言える。
私は彼女らを自分の物にしたいエゴイズムを持っている。そして、彼女らの悲痛な顔を見る事を良しとしない庇護愛もあり、彼女達になら全てを捧げても良いと思えてしまう奉仕心すらもある。
これは、きっと恋情だ。
私は不誠実な事に、彼女ら3人に等しく恋をしているのだ。
何たる悪逆。されど、最早この心からは背けない。
あの傷では、他の家ではもうメイドとして仕える事は出来ないだろう。
メイドとはその家の品格を現す。あの傷では、どんな家もメイドとして雇おうとは思わないし、一般的に見てそれを解雇する行いには正当性がある。従事させられない者をクビにしても周囲から見れば普通、或いは無理をさせないのだから温情と取られる場合すらあるだろう。
元より旅人であったツバキは、旅人に戻るかもしれない。それでも、手に入れた職を怪我ばかりして失う事になる。さらに古傷は旅の中で致命的な弱所になる。片目が無くては咄嗟の危機に、対応できない事もあるだろう。
サリーは、料理の腕があるのだから本来ならば食堂なんかで働く事が出来ただろうが、よりにもよってその腕を失ったのだから今まで通りの働きは出来ない。魔法だって両手で術式を形成するものは多い。
一番の問題はメリアスだ。メリアスは元々、国家反逆罪を盾に追放され流れ着いた身だ。それが例え虚偽であれど、あの傷で我が家から放逐する理由は出来てしまった。我が家に仕える事でのみ許されていたのに、家から追い出されてしまってはどうなるか想像もしたくない。下手な追い打ちなら彼女は返り討ちに出来たかもしれない。だが、もう彼女は脚はなく、戦闘能力は著しく落ちた。
このままでは、皆何もかもを失うのだ。
そんな事はさせたくない。
決めた。
誰も居ない屋敷の中、暗いエントランスホール。
その中心にある国母フリッグ像へ向けて高らかに宣言する。
国母フリッグ。建国神オディルスが妻と伝わる存在。
彼女はオディルスに生涯仕え、優れた知性で夫と義弟を末永く支え、今のフーニカール王国の基礎を作ったと伝えられる人物だ。
国母への宣誓は、例え分けられた偶像でも容易いものではなかった。
「だったら。」
「もしも、この国が彼女らを否定するというのなら。」
「私はそれを否定する。」
「この国の誰もが彼女らを不幸にするというのなら。」
「私が皆を幸福にする。」
「私が皆を幸福にし、私が彼女らを皆貰ってやる。」
「女が女を娶るのをこの国が許さないというのなら。」
「私がそれを変えてやるのだ。」
「そうだ。」
すう、と息を吸い込む。
レィナータは叫ぶ。
「あの時、父らが私の暗殺を謀った時、レィナータは死んだのだ!!」
「私はレイだ、この名は次なる王となる名だ!!」
「私の願いは――3人のメイドと結婚したい!!!」
「その為になら、王にもなってやるとも!!」
かくして、レィナータ、いいやレイはあらゆる権謀術数を乗り越え、王となる事を誓ったのだ。
もし、ただ辺境に追放するだけならば、三人のメイドと村人たちに囲まれて、慎ましくこじんまりと生きていけばそれで満足していただろう。天寿を全うする時、それでもいい人生だった、と振り返るだろう。
だがそうはならなかった。手を汚さぬよう始めた暗殺計画は、運命を流転させた。
ともすれば彼女の能力を、危険性を一番見抜いていたのは、レイの父・カルラシード伯その人であったのかもしれない。
【『1章 レイの誓い』 完】
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