4話 辺境伯

 王都にて、魔物を退けた功績として受勲式が執り行われた。

 その際に現れた髪を短く揃えたレィナータ嬢の姿に人々はどよめく。

 髪は短かったからだ。あの後にツバキに整えて貰い、ボブショートにした。

 それに、魔物と戦った際に髪が切れてしまったのだろうとウワサした。

 その噂を耳にしたメイド達三人は自分達だけはしっているのだと内心少しだけの優越感を覚える。


 左脚・左腕・左眼をそれぞれ失ったメリアス達にもその目は向けられる。

 ただし、そこには嫌悪ではなく敬意の意味合いが込められていた。


 そしてレイは正式にレィナータ辺境伯として、カルラシード家の分家という形でこそあるものの、弱冠十歳にして自らの領地を持つようになった。

 こうなると、カルラシード家本家であってもそうそうに手出しは出来ない。

 彼女も間違いなく建国神の血を引いているのだから、公の場で弾劾する事など出来ない。してしまえば、レィナータを排除できてもカルラシード家そのものの権威の失墜にもつながり、カルラシード家が王朝を再び有する事は出来なくなるからだ。


 そこにレイは付け込んだ。

 三匹の魔物を、三人のメイドと一人の令嬢、それも僅か十歳の少女であるともなれば大手柄。民衆は娯楽に飢え、英雄という言葉に弱い。

 成体の魔物とは本来武装した騎士三人で一匹をようやく倒す事が出来る力を持つが、あの時屋敷を襲った魔物は幼体二匹と未成熟な個体の三匹であった。しかし、レイはこれをわざと誇張ぎみに喧伝した。カルラシード伯はそれが嘘だと知っていたが、それを糾弾すると「何故嘘だと分かるのか」という矛盾が生じ、黙っているしかなかった。

 今やその英雄像は膨れ上がり、レイは辺境伯を名乗るに相応しき器であるとされていた。こうなると、いくら末の娘の言でも無視できるものではない。


 受勲式の終わり際に、カルラシード伯爵、つまり自らの父に進言する。


「お父様。私が頂きましたウズの村とその領地ですが、そちらにはまさか魔物が出るとは思ってもおりませんでした。

 そこで最低限の自衛が出来るよう武具の類を頂きたく思います。

 そして、先の戦にて我が侍女が二人、手足を失いました。

 皆が知る通り、二人とも勇壮たる戦いぶりであり、本来騎士や魔法使いでなくては戦えぬ魔物相手に丸腰で勝利したのです。

 その健闘を称えるべく、私は彼女らに魔法義肢を授けたいと思っているのですが、何分私はまだ若輩の身故、与えられるだけの財を有しておりません。

 父上よりお力添えはいただけないでしょうか?」


 ウズの村の自衛費の負担も、被害の重さを考えれば当然の事である。

 調査不足からその地に魔物の巣でも出来ていて、他の領土に逃げだせばそれはカルラシード家が責を問われるだろう。周囲から見て何も行動を起こさなければおかしい状態に見えるのだ。

 ただし、当然レイもカルラシード伯もその原因が人の手によるものと知っている。即ちこれは、カルラシード伯は自らの身銭を切ってレイに武力を持たせなければならないという事を指す。


 追加でレイが要求した魔法義肢とは義手、義足の発明品。魔法仕掛けの鎧であり、体内の魔力と呼応して自由に動かす事の出来る最上級の品である。回復魔法を弾いてしまう魔物からの負傷に対し、身体の一部を喪失してしまった者らへ送る為開発された。

 本来は戦で手足を失った騎士に送られるべく作られたものであり、決まり事こそなくとも、実質的には騎士しか賜れぬ代物だ。

 素材、手間、共に考慮した上で非常に高価な代物である。


 魔物をけしかけたのは自分であるのに、実質的にこれで手打ちにしよう、と打診されているのだから、寧ろ飛びつくべきなのだ。

 高いとはいえ、王侯貴族筆頭、王族でもあるカルラシード家にすればさした出費ではない。

 傍から見れば、本家から褒賞を与える事は本家の面目を保つ意味合いすらも持ち、レイは本家の顔も持たせる思慮深い娘、カルラシード伯は正しく褒賞を与える器の広い領主とされる。双方にとって、周囲からの名声はより良いものとなるだろう。


「む、ぐぐ。うむむ、む。」


 であるのにも関わらず、カルラシード伯の返答は重い。


 よりにもよって与える相手が良くないのだ。

 それは国家反逆罪として追放されたメリアス、レイの姉であるアリェナの不機嫌により追放されたサリーである。つまり、その二人に特別な恩賞をカルラシード伯として与える事になるからだ。


「……いいや、分かった。」


 そこまで分かっていて尚、断る事は出来なかった。

 言い換えるならば、断れぬ状況へと持ち込まれた。

 次の王権を狙うに従い、民衆の支持は絶対的に必要なものでもあった。

 この状況下で断れば、最早次代の王はアーグリード家に決まるだろう。


 そして、カルラシード伯はレイの出した契約書に調印した。

 メリアスとサリーに魔法義肢を贈呈する事。

 ウズの村に対して、復興の為という名目で支援金を出す事。

 ウズの村の自衛の為、武具を調達する事。

 ただし、レイ達の仕留めた魔物はカルラシード家の財産なのだから、魔物の皮・爪・牙はカルラシード家へと譲る事。


 最後の文面は、つまりこれを飲む事で証拠は消え、これ以上の追及はしない、という意味でもあった。

 魔物の死体を手に入れて証拠は手に入れ、英雄の虚像を否定する証拠は揃ったがそれはあまりにも遅かった。最早噂の流布程度では掻き消せぬほどに大きなものとなっているのだ。カルラシード家として正式に発表すれば否定も可能だろうが、その行いは民衆、他の貴族からすれば不可思議なものとなる。

 何故良い噂を、実家自らがわざわざ否定するのだ?と。そこからその原因の追究が始まるかもしれない。

 この虚像はレィナータ暗殺の隠蔽工作にもなっていた。その隠蔽工作を他ならぬ本人がしているなど、周囲から見て想像も依らぬ事である。


 こうしてレイは暗殺を逆手に取った。

 魔物の死体という空手形と引き換えに、辺境伯の地位と領土、カルラシード家からの援助金と、メリアスとサリーの魔法義肢の獲得、及び名誉回復。

 これら全てを受勲式という一手で果たしたのだ。

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