3話 転生

 それは朝早くの事だった。

 まだ朝露も落ちていない、朝日に神秘性が宿る朝五時。


 普段メイド達はこの時間には起床する。

 しかし、レイも起きているのはあまりにも早かった。

 それも寝間着ではなく儀礼用のドレスを着ていたのだから三人は背筋が伸びるのを感じられた。


「皆。こんな早朝から庭に来てはくれないか?」


 レイに促され、庭へと繰り出す。

 少し早い朝食に致しますか、とサリーに聞かれるもレイはそれを大丈夫と断りを入れる。

 メイドは、横一列に並ぶよう命じられた。

 杖をつきながら並ぶメリアスは不思議そうに尋ねる。


「レイ様、何をなさるのでしょう?」


「メリアスは杖をついているのに悪いけれど、そこで見ていてくれないかな。」


「?

 ええ、勿論ですが。」


 メリアスの問いはやんわりと躱される。

 しかし何かをするつもりであるようだ、というのは理解出来た。


 その言葉の後に、レイは懐から短剣を取り出した。

 儀礼用の銀で出来た短剣である。本来刃は潰されているが、それはよく研磨され、研がれていた。

 それにメイド達にはどよめきが走る。


「お嬢様!?」


「大丈夫。自死なんかじゃない。そこで、見ていてほしい。」


 そのレイの言葉に制止され、飛び出そうとする身体を堪える。

 三人は、上に登り始めた朝日の光を眩しく反射する銀の短剣の刃の行く先を、じっと不安気に見つめていた。


 その刃が行く先は、髪だった。

 長い長い煌めく銀の髪に、ざくりと刃を入れる。


「えっ。」

「!?」


 驚嘆したのはサリー。声も出ぬ程衝撃を受けたのは彼女らが貴族であり、フーニカール王国の文化に親しいからであった。

 この国では、長い女性の髪には魔力が宿るとされる。

 正確には魔力が宿らない事は研究により分かっている。だが、それは慣例・しきたりだ。国母フリッグが美しい長い髪を持っていた事から、髪を長くするというのが貴族・王族にとっての一般常識であった。


 レイは今、その髪を自らの手で切っている。

 それは今までの歴史へ立ち向かうという挑戦を意味している。

 近く辺境伯として受勲式があるだろう。

 今髪を切ればその時には髪を短く揃えて向かう事になり、それを皆に見せつける事となる。


 そして、彼女の恋慕の意味合いを同時に伝える。

『決して熱に浮かされた一時の恋などでなく、誠心誠意本気で、主は私達を恋人とし、妻とするつもりでいるのだ。』


 言葉なく熱く伝えられたその想いを、二人は強く感じ取った。


 ツバキにとっては髪を切る事の意味は分からなかった。

 しかし、顔が強張る隣の二人を見て、ただならぬ行いであるのは理解できた。

 そして、その行いは自分達に向けられたものである事も理解した。


 銀の短剣で、ざくり、ざくりと麗しい銀の髪を切り落としていく。

 地に落ちていく髪は朝日が照り返し、きらきらと輝いて見えた。

 対し、登り始めた朝日を背にしたレイの姿は逆光になり表情などはよく見えない。


 二、三分ほどで長かった髪は全て切り落とし、髪は肩よりも高いほどに収まった。

 ナイフで自ら切ったのだから、切り口もまばらで整った髪型でなく、いびつでがたがたな髪型であったが、それはとても美しく、天上の神々の写し身のようにすら思えた。


「私は、君達を愛している。」


 胸に目を当てて、ゆっくりと落ち着き払ってレイは言った。


 決して一度の熱などではなかった。

 メリアスは薄く涙ぐみ、サリーは顔を真っ赤にしている。


「どうか、今ここに生まれ変わった、私の、僕の、この恋に答えてほしい。」


 レイは手を差し出す。

 メリアスは感極まってその手を添え、ツバキもまた続いて微笑みながら手を伸ばす。後にツバキは、


「わたしは、あの時、きっと、レイ様に惚れちゃったんだろうなあ。

 かっこよかったから。」


 と言った。


 そしてサリーであるが、彼女はレイを慮って身を引いていたし、同性愛には忌避とまで行かずとも自分には関係のないものと思っていた節がある。だからレイが結婚するなどと言った時、そんなもの、と思う気持ちは心のどこかに残っていた。

 しかし、第一王子に夜に誘われた時にすら動かなかった心は今生娘のようにとくんとくんと高鳴っている。


 頬はとうに紅潮し切っていた。

 サリーは、九つも下の少女にどうしようもなく心を奪われていた。

 最早主従を超えて、私は彼女の元に行きたいとすら思っていた。

 愛おしくてたまらなかった。

 サリーは、二人に続けて手を伸ばす。


「お慕い、申し上げ、ます。」


 この時、比喩ではあるが確かにレイは生まれ変わった。

 それと同時に、レイは三人への愛を確かなものとし、引き下がれぬ所まで来た。

 三人を平等に幸福にするには最早王となる他にない。

 だが、確信もあった。一人では不可能でも、この三人と共にであれば可能であるだろうと。

 こうして三人はレイに仕える従者でありながら、レイと恋人となったのだ。

 

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