5話 5年の月日
そうして、レイが辺境伯となり暫くして魔法義肢が届けられた。
カルラシード伯爵の下賜であるのだから、下手な品であれば自らの名を傷つける事に他ならない。
与えられたものは超一級品。騎士が与えられる物以上の出来栄えであった。
「す、凄い……。」
メリアスは言葉を零す。
魔法義肢に対して、ではない。
レイの手腕についてだ。
彼女は受勲式という一手で嘗てメリアスの受けた謂れなき誹りを取り除き、サリーの不当な扱いを実質的に撤回させ、自らに爵位を与えさせた。このきっかけが、カルラシード家による暗殺劇であるというのだからあちらからすれば憎らしくてたまらないだろう。だが、メリアスからしてみればこの上なく痛快であった。
メリアスが今も首に着けている、黒いチョーカー。正式名称を、罪人の首輪。
これを着けている限り、魔力を上手く練る事が出来ず、魔法を使えない。メリアスは国家反逆罪と命じられた時、騎士としての誇りを失うと共に魔力を使う事すら許されなくなった。魔物の襲撃の際にも、魔法を使えれば多少なりまともに戦えただろう。
罪人の首輪が付けられている限り、メリアスは罪人と晒され続ける。しかしながら、魔物から主を救った証である魔法義肢はそれと相反する誉れ高い代物であった。
「おおー。凄いね。」
そう呑気に言ったのはツバキだ。
がちゃがちゃと動かしているメリアスの脚とサリーの腕を物珍しそうにぺたぺたと触っている。そうだ、珍しいのだ。これを与えられる騎士など数える程しかおらず、その中の二人が此処にいるというのは稀有な事象であった。
「皆、聞いて欲しい。」
レイが三人に呼び掛ける。
わいわいと浮かれた様子であったのがぴしゃりと立ち直り、レイの方を向く。
はあ、とため息をしてから、一拍置いて口を開く。
「少しやりすぎた。」
そう零すレイに、サリーが尋ねる。
「確かに、一気に二つも魔法義肢を出させるのはやりすぎたかもしれないかしら。
これ、戦争に出兵した騎士に与えられているのだもの。実質、騎士の誇りとも言える。それを二つも……。」
「いや、そちらじゃない。寧ろ、それは正当な報酬だ。
僕の言うのは、そうじゃなく僕達の虚像だ。」
「ああ……。」
あの忠義高いメリアスですらそれに同意した。
噂とは駆け巡るもので、いつの間にやらレイの手の内からも外れていた。
三匹の魔物が三つ首の魔物という話になっていたし、メリアスは木剣で一つの首を斬り裂いただとか、サリーは火球で首を焼却させただとか、ツバキは互い違いに噛みつかれながら眼球を潰しただとか好き放題言われ、レイはそれら全てを取り仕切るまさしく指揮官の鑑にして貴族の誉とまで言われてしまうほどだった。
「これは不味い。
確かに毒の事は伏せたし、ウワサを流して利用したのも僕だが、ここまで大事になると不味い。」
国内の貴族・王族はすべからず十五歳になると王都に出向き、ハーヴァマール王立学院へと通う。
それを断る場合、王宮に入り仕える場合を除き、次代の当主となる権利を王の名の下に剥奪されるのだ。
貴族の力関係を均衡に保つ為に施策であるが、それを促す為に王族にも適用される。レイの場合、王位継承権を剥奪されてしまう。
そのシステムは実によく出来ていると思うし、文句は無かった。しかし、
「このまま五年が流れれば、僕は何も出来ず逃げだしたのも浮き彫りになるのはすぐだろうね。」
思わず三人は顔を伏せる。その言葉は正しいだろう。
レイの政治的手腕と精神力は大人ですら舌を巻くほどの域に達しているが、それ以外はあまりにも未熟だ。
「だから。
五年間。僕を鍛えてほしい。」
改まって、メリアス、サリー、ツバキへと向き直る。
「僕が僕と云う虚像に追い付く為、君達の力を借りたいんだ。」
こうして、レイは自らが打ち立てた英雄的虚像に立ち向かう為、辺境伯としての仕事をこなし、ウズの村とその周辺の統治を行いながら、メリアスには剣を、サリーには魔法を、ツバキにはその身のこなしと芸術性をそれぞれ師事し、学んだ。
メイドと主という立場でありながらわだかまりはなく、共に食卓を囲んで食事を取るようにもなった。
あまりにも多忙な日々であったが、愛する三人との生活は蜜月にも等しい安らかな日々でもあった。
すくすくと身長は伸び、最も身長の高かったサリーの上背を超えた。
身体は力強くたくましく育ち、その腕はかつてのメリアスの剣にすら並んだ。
サリーの魔法を学び、自らに適性のある氷魔法を磨き上げた。
敏捷性は木々を伝って屋敷の天井の登る事すら可能であり、ツバキの持つ器用さと芸術肌に指南され、磨きをかけた。
師事しながらも共に研鑽し、互いに能力を高め合いながら試行錯誤を繰り返し続ける。
そんな事を繰り返していると、5年の月日はあっという間に過ぎ去っていった。
【『2章 転生』 完】
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