6話 運命の分岐点
1
家である屋敷に辿り着いた時、一番初めに異変に気付いたのはツバキだった。
「獣。獣、臭い。」
屋敷の敷地に踏み入れた時、そう言った。
だが、その直後に訂正する。
「違う。これは、魔獣。魔物、だ。」
言い切るツバキに、レィナータは不思議そうに聞く。
「ツバキ。なんで分かるの?」
「私の住んでいた村には、たびたびこういうのが来ていた。」
主の問いかけであるというのに、ツバキはレィナータの方に目もくれず屋敷から目を逸らさずに話す。
いくらツバキが礼儀知らずでもそれを無礼と思わぬ程ではない。そうせねばならないという事が今の重大さを物語り、レィナータ、メリアス、サリーの3人にも緊張が伝わった。
異常事態を察知したツバキに、メリアスは問う。
「ど、うする、のだ?」
「魔物なんて、一匹駆逐するだけでも三人の王宮騎士が必要だ。」
「それも、きちんと武装した。鋼鉄の剣と鎧も、魔法使いが居るのならばそれも。」
「私達で、なんとかするしかない。」
すぱりと返すツバキに、レィナータは続けた。
「……ここは、あまりにもウズの村に近い。」
「私達が逃げては、ウズの村の村人が危険だ。」
「レィナータ様だけでもお逃げ下さい。」
メリアスの言葉に、レィナータは返した。
「駄目だ。魔物相手に、戦力を少しでも減らす訳にはいかない。」
「……レィナータ様が仰られるなら、そうしましょう。」
「二人とも。今何を使えるかしら。」
サリーの問いに、各々が持っているものを話す。
その答えは頼りないものだった。
食材を運ぶ為に連れてきた荷車牽きの馬が一頭とほぼからっぽの荷車、そしてメリアスの木剣。サリーは魔法を習得している為、それも少し手助けになると答える。
ただし、ひとつ予想外なものがあった。
「わたし、毒がある。」
「本当かっ!」
なんとツバキが毒を持っているというのだ。それも、魔物にすら効くという毒を。
思わず、レィナータが聞いた。
「なんでこんな物騒なものを持ってるの?」
「故郷に出る時に選別に貰った。でも、これは二瓶、二個しかない。」
「しかも、毒の周りを加速させるには炎が居る。」
「いや、有難い。これで随分光明が見えた。」
メリアスの力強い返事に一同がこくりと頷く。
王宮騎士ですらも三人かからねば殺せぬ魔物。
それを、多少腕に覚えがあってもメイド三人で対峙せねばならないのだ。
「足跡からして、多分三匹だと思う。」
松明を持ったメリアスが前に出る。毒の小瓶を持ったツバキがその後ろに、サリーは一番後ろに立ち、その背にはレィナータが隠れる。
メリアスが、屋敷の扉を蹴り開けた。
2
蹴り開けた扉から、三匹の魔物が飛び出してくる。
それは腰まで程度の大きさの猪のような体躯をしていた。
その猪には、身体中に岩のような甲殻が張り付いている。甲殻の切れ目から、三人と一人を睨みつける。その視線に、レィナータは思わずびくりとした。
「
ツバキが叫ぶ。裸で、とはつまり鎧も盾もない丸腰という事だろう。
寸分の狂いも許されない。その言葉は、メリアスとサリーの気を引き締めさせると同時に、ツバキに知識がある事実が少し無為な緊張をほぐし解かした。
一匹の
「効いて、ない!」
「恐らくはまだ幼体か、成熟したばかり!一番奥の個体が一番大きい、気を付けて!」
残る二匹の
もう一匹はメリアスが木剣で殴りつけ、逸れた隙を見て壁へと突進させるも、最後の半成体は木剣での攻撃では揺らぎもしない。
「っちぃ!!」
「メリアスちゃん、横に!」
サリーの言葉と同時に真左に飛び出すと、サリーの包むように合わせた両掌の中に生成された拳大ほどの小さな火球が、
「助かった、サリー!」
「でも、効いてないわよ!」
「壁猪は固い、あの甲殻に守られて通らない!」
城壁に突撃した幼体の
「させ、ん!!」
メリアスがその
その内一匹にはクリーンヒットし、幼体の背の甲殻が剥がれ、肉が露出する。
「そこだっ!!」
肉が露出した壁猪に向けて毒の小瓶を投げつけ、ピギィと鳴き声を上げた後、続けざまに放たれたサリーの火球が毒の部位を捉え、幼体の一匹を絶命させた。
その倒れる姿に呼応するように、鳴き声を振るいあげて半成体がサリーの後ろに居たレィナータに牙を開いて食いかかる。
「あ――、」
レィナータがそう言い切らない瞬間に、レィナータをサリーが左手で突き飛ばした。
その左腕に、そのままの勢いで齧り付き、食い千切る。
「っ、ああああああああ!!!!」
「サ、サリー!!!」
半成体の壁猪が、サリーの左腕を食っている。
その光景は僅か十歳のレィナータを恐れさせるには十分すぎる事実だった。
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