2話 レィナータとサリー

 レィナータは、ウズの村へとやってきていた。

 従者としてサリーを連れている。

 ウズの村には村長が居た。元より特に何もないこの村に、領主であるカルラシード家から主が来ると聞いてざわめき立っていたのだが、小柄なレィナータを見て村人たちは反発するでもなく、まるで孫のように可愛がってくれるし、村で出来た食べ物やら貴重な肉まで卸して譲ってくれ、さらには小規模ながら祭を開くというのだ。


 そうした騒ぎの渦中にあったレィナータは、自らの屋敷へと帰る途中であった。


「お嬢様、大丈夫ですか?随分ともみくちゃにされていましたわ。」


「反発されるかも、と思っていたんだけれど。」

「でも、受け入れてくれるみたいで良かったあ。」


「ふふ。そうですわね。」


 サリーは昨日に続き、驚嘆していた。

 ウズの村では顔合わせをすると言っていたが、村長に向けてきっぱりと領地を持つ貴族然とした対応をし、ウズの村の統治が村長らに一任する事は変わりないと自らの言葉で告げたからである。


 尤も村長たちは堅苦しい貴族様を想像していた中可憐な少女が出てきたのだから大喜びである。さらに、その少女は自治を自分達に委ねるとまで言った。

 貴族様がやってきた祝いとしての肉という名目ではあるが、実のところは自治を委ねられて嬉しいのが三割、そして三割が名目通りの祝い、残る四割はレィナータに美味い物を食べさせたいという庇護心だろう。


「レィナータ様。ご質問を宜しいでしょうか。」


 レイナータが考えなしの少女でないと知り、年に不似合いの言葉であると分かりながら主君に尋ねる。


「うん、いいよ。」


「何故、統治を彼らに委ねたのでしょう。」

「統治を形式上だけでも貴女が持てば、税を徴収できます。」

「カルラシード家に税を払う事には変わりませんし、彼らが払う税金の値に変わりはありませんが、こちらになればレィナータ様が直接財源を確保できます。」


 言葉は返ってこない。

 一気に話しすぎたか。或いは十歳の少女には小難しすぎる話であったか、とサリーは懸念したが、それは杞憂だった。

 レィナータは口を開く。


「そうしてしまえば、私が死んだ後に彼らは手続きの多くをしなくてはならない。」

「さらには、私が力を蓄える事はきっと、姉上達は良く思わないだろう。」

「そうなると、私が死ぬと貴女達はきっと、待遇が悪くなる。」

「私に加担していた、という事になるかもしれない。」

「最悪の場合、私の力を削ぐため、カルラシード家本家からもウズの村に重ねて税を徴収するかもしれない。負債なんてどうでもいい。ウズの村の財源を縮小させれば、私と云う力は削げるんだ。」


 目の前の少女は、死ぬかもしれないという事を冷静に理解した上で。

 その上で尚、メイドと村人の事を考えているのだ。

 どこまで思慮深いのだろう。


 その言葉を聞いて、サリーは自分自身を恥じた。この問いそのものが、まるでレィナータの優しさを挫くものに思えたからだ。


「レィナータ様。私は、貴女がこれほどまでに聡明であるとは思っておりませんでした。」


「買い被り過ぎ。私は、そんな上等な人間じゃない。ただ、必死なだけだよ。」


 そう照れたように話すレィナータを見て、サリーは心の中で強く思う。


(たとえ、レィナータ様が余命いくばくかのお命でも。)

(その命が尽きる瞬間まで、私はこの方にお仕えしたい。)


 レィナータの儚さに当てられたのか、それとも彼女の真摯さに当てられたのか。

 暗い部屋で咳込んでいるだけの少女は、ずっとずっと強かったという事実に、サリーは感銘を受けたのだ。

 サリーはこの瞬間から、真の意味でレィナータに仕えると決めた。

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