1章 レイの誓い

1話 辺境の地

 1


 辺境の地、ウズの村。

 王都からは遥々馬車で二日もかける距離。

 商人が寄るでもなければ、何か特段名産品がある訳でもない。

 強いて言えば自然が豊富なだけのただの田舎。


 齢十の少女、レィナータ=フォン=カルラシードはその村の郊外にやってきた。

 腰まである長い銀髪に青い瞳。

 病的な程蒼白な肌。

 立ち振る舞いには所作あれど、その身体には力はない。

 馬車は二つ。レィナータが乗る絢爛な馬車と、それに続くやや素朴な馬車。

 その後ろにメイドら三人は乗っていた。


「主様がレィナータ様の為にここで養生しろって言ったんでしょ?優しいね。」


 馬車の中、ツバキは何も知らずにそう言った。

 メリアスはその言葉に返す。


「違う。これは、実質的な飼い殺しだ。この地で死ねと言っているのと同じなんだ。」


 同じく貴族の出であるサリーもおっとりとした口調で言葉を続ける。


「そうねえ……。カルラシード家といえば名門も名門。建国神オディルス様とレムラス様は双子の兄弟だったと言われているわ。」

「その内、オディルス様が今の王であるアーグリード家。レムラス様はカルラシード家の祖先なの。」

「だから、この王国で王位継承権を持つのはこの二つの家系だけ。その血筋は何においても優先される。」

「にも関わらず、いくら第六継承権であったとしても、カルラシード家の令嬢がこんなところに、一人と三人のメイドだけで派遣されるなんて事、おかしいのよ。」




 2


 ウズの村に来て、初めての夕食が行われた。

 夕食とはいえ勿論同じ席に並ぶ訳ではない。サリーが作った食事を、レィナータ一人が席に着く。


「ありがとう、三人共。」

「君達のようなメイドが共に来てくれて、私は幸せだよ。」

「ゴホッ、ゴホッ。」


 食事を一割ほども食していない中、手を止めて三人に言った。

 咳込みながら、目の前の少女はメイドに感謝を述べている。


 メイドとなったメリアスは不思議に思った。

 何故、このような扱いを受けてこうして平然としていられるのか。

 何故、メイドなどに感謝をするのか。

 今は一メイドに過ぎずとも、彼女は貴族である。それも王侯貴族であり、素直に誰かの妻として嫁入りするのであれば誰もが欲しがったほどの令嬢だ。思考も貴族然としたものであった。

 それを不思議に思い、メリアスは尋ねた。


「お嬢様。不敬なご質問、宜しいでしょうか。」


「うん。いいよ。」


 許可を出され、メリアスは息をすう、と飲み込んでから彼女に尋ねる。


「お嬢様は、ご自分がこのような立場で不満は無いのでしょうか。」

「メリアス!!」


 サリーが思わず叱咤する。

 メリアスの立場は確かに悲痛なものであれど、その言い分はあまりにも不敬極まりなく、処罰されてもおかしくないものであったのだ。


「お好きに処分なさって下さい。私はもう、どうせ終わっているのです。」


 不貞腐れたようにメリアスが言う。

 全てを喪って流れ着いた彼女は、処罰など何も怖くない。


「そう、だね。」


 一言置いた後に、レィナータは答える。


「私は、そういうものに興味はないんだ。」

「十五の頃までには、死んでいてもおかしくない。」

「だからこれは、君達を付き合わせるだけの死への紀行にも等しいんだ。」

「私が死ぬまで、君達の数年を奪うだろう。」

「ごめん。」


 レィナータはぽつりとつぶやいた。

 メリアスはその言葉に苛立ちを覚えると共に、サリーは貴族らしからぬ謙虚な物言いに感嘆し、黙って見届けていたツバキは僅か十歳であるのにも関わらずこれだけの思慮を持っている事に驚いていた。

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