序章 料理人サリー

 サリー=アトリーズは領地を持たぬ貴族の出である。

 先の戦で武功を挙げた為にアトリーズという名字と名声を賜ったが、王都の外れに屋敷を持つのみであり、領地はない。


 国内の王族・貴族・そして一部の魔力の素質ある平民は、王宮へ仕える場合を除きハーヴァマール王立学院へと十五の齢から通う事と義務づけられている。

 サリー=アトリーズも例外ではなく、彼女も通い、優秀な成績を収めて卒業した。

 特に魔法と騎馬の能力に優れ、魔法研究所や王宮魔法使いには推薦を貰っていたほどだったが、彼女は全て断り、なんと料理人となった。


「だって、私お料理が好きなんですもの。」


 と、何食わぬ顔で出世街道を切り捨て、カルラシード家の給仕に勤めたのだ。

 兄が居り、血筋が途絶える事もない為に家族もそれを追う縁してくれた。

 ここまでは良かった。何事もなく1年が過ぎた。


 しかし問題があった。

 彼女は、非常に優れた容姿をしていた事。有体なく言えば、非常に豊満な身体をした巨乳であった。栗色の長髪は女神のような母性すらも感じられ、見る者を安らぎ、魅了してしまうような雰囲気があったのだ。

 それが、カルラシード家に外交に来ていた第一王子の目に留まった。

 彼女を一夜の相手にしようとしたのである。

 そこで面白くないのがカルラシード家令嬢。第五継承権を持つアリェナ=フォン=カルラシードであった。彼女は仕える家の嫡女であり、そして第一王子を慕っていたのであった。


 その日より嫌がらせが始まった。


「ちょっと、このスープ。味が薄いのだけれど?」

「何よこのパン、カビ臭いニオイがするわね。料理人は誰?」

「きゃあ!このチーズ、虫が入っているじゃない!」


 いくら少女のたわごとと云えど、されど嫡女の言である。

 サリーの立場は次々と悪くなり、あれよあれよという間に彼女はその家に居場所はなくなった。

 だが、彼女を信じて送り出してくれた家族にそんな事は到底言える訳もなかった。


 そして二ヵ月が経った頃、カルラシード家次女に仕え、共に辺境へと向かうよう命じられた。

 メイドたちの間で「流刑地」とも呼ばれ、彼女に仕える事は恥だとすら囁かれる。

 辺境へと向かい、命の限り尽くせと言われる。

 それは、実質的な解雇通告にすら等しいものであった。

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