第41話 君がそうしてくれていたように。

「流川さんはダメダメじゃないし、何ならもう僕の願い事を叶えてくれていた。僕が気付かなかっただけで」


 そう。


 そうなのだ。


「僕はずっと一人だった。君と出会うまで、本当に」


 思い出す。


 暗い毎日を送っていた日々のことを。


「周りにほとんど頼れる人もいなくて、家に帰るのも億劫で、けれどそんな中を生きるしかなくて」


 半分死んでいたのかもしれない。


 あの時の僕は。


「何もかもに嫌気がさして、森の中で首でも吊ろうかと思ってた。それか餓死するか。地べたに仰向けになって、星でも見ながらさ」


 流川さんの手に添えていた自分の手へ少し力を入れる。


 いや、勝手に入った。


「そんな時、僕はこの森の中で湖を見つけて、その奥底で死んでしまおうと思った。見つけてすぐだった。ここで死のうっていう考えに至ったのは」


 なぜだろう。


 ふと自分で疑問符を浮かべるも、明確な答えは出ない。


 出てくるのは抽象的な答えばかりだ。


「単純に綺麗だったからだと思う。夜だから真っ黒でさ、でもそれはなんとなく澄んでる気がして、月の光をちゃんと水面に反映させてた。受け入れてくれる気がしたんだ。それこそ、何でも」


 そうか。


 自分の中で答えが出た。


 あの湖は、どこか集団墓地に似ていたんだ。


 死にたくなった。


 でも、誰にも知られず、受け入れられないまま亡き者になるより、誰かに認められて死にたかった。


 森の中のあの湖は、そんな僕の願いを叶えてくれそうだったから。


 だから、あそこを死に場所にしようとした。


 結果、そうはならなかったわけだけど。


「けれど、そうして水の中に足を踏み入れようとした時、僕は君に出会った。最初は幽霊かと思った。こんな場所、こんな時間になんで女子がいるんだ、って疑ってたんだ」


 そこからだ。


 僕の生活が、価値観が一変したのは。


「それからはもう、驚きの連続だったな。森の中に一人で暮らしてるのもそうだったけど、君は流れ星になりたいって言って、僕の願い事をなんでも叶えてあげるって言ってきて、夜間学校のこととか、僕が一人でいたらきっと体験できなかったことばかりをさせてくれた」


 苦笑してしまう。


「ありがとう。僕は、こんな毎日が送れて幸せだったんだ。ちゃんと言葉にしたこともなかったから、言っておくね」


 僕の話をずっと黙って聞いていた流川さん。


 彼女の閉じている目の端から涙が伝った。


「そうして、君と一緒にいて、僕の気持ちは満たされていきながら、願いも形を変えていった。流川さんは、さっき僕の願い事を縮小していってるって言ってたけど、そんなことはないよ。僕の中では縮小なんてしてない。ずっと変わらない規模の願い事で、ずっと大切な願い事だ」


 それは、叶わなくなったから変えていった、というわけでもない。


「もしかしたら、わがままで気まぐれな奴に思えるかもしれない。願い事のくせに、なんで一貫してないんだ、って。本当の流れ星に願うなら、変えてる暇なんてないだろ、って」


 流川さんは首を横に振った。


 思わないよ。


 そう言って。


 僕は改めて苦笑し、彼女の名前を呼んだ。


「流川さん」


 ありがとう。


「僕のために、ずっと傍にいてくれて」


 僕の願いは、結局のところ最後まで、君と一緒にいることだった。


 どうしようもない殺人者だ。


 彼女の病について知った後も、未だこうして思い続けるなんて。






●○●○●○●






 その日の夜。


 流川さんの耳は聞こえなくなってしまった。


 コミュニケーションを取りたくても、それが叶わない。


 どうしようもなくなった僕は、彼女の手のひらに指で文字を書く。


『いっしょにねよう』


『ぼくは』


『きみがそうしてくれていたように』


『なにがあっても』


『きみのそばにいる』


『これからも』


『ずっと』


『ずっと』

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