第40話 撮影と、終わり。

「――はい。じゃあ、今から二人でお喋りをします。よろしくお願いします」


「あははっ! 何それ! いくらなんでもかしこまり過ぎじゃない? もっと自然にしなよ~」


 目を閉じたまま、流川さんはケラケラ笑う。


 二人でソファに並んで腰掛け、前にあるテーブル上でスマホを固定させながら動画を撮っているのだが、どうも慣れない。


 自然に会話してるところを撮りたいのに、僕はついついぎこちなくなってしまう。


 これは困った。


「いいよ、共。動画が上手く撮れてるかとか、そういうのはいったん忘れよ? 別に投稿したりするわけじゃないし、共が持っておくだけなんでしょ?」


「ま、まあ、そうなんだけど……」


「だったらいいよ。ちゃんと映ってなくても、黙り込んだりしちゃってもいい。自然なところ撮ろうよ」


「……だね。なんか、頭の中ではそういうのわかってるのに緊張するよ」


「ふふふっ。君らしいねぇ」


 クスッと笑う流川さんを前に、僕は頭を掻くしかなかった。


 恥ずかしい限りだ。


「じゃ、じゃあ、普通にするってことで仕切り直そう。はい、ここから緩くしてく」


「そういうのがもう固いんだよ~。私、ぐでーっとするよ。ぐでーっと。共も横になったりすれば?」


「横にはなれないかな……? 流川さんも隣にいるし」


「じゃあ、膝枕したげよっか?」


「……いや……」


「何? 歩けなくなった私の太ももに頭を乗せるのは嫌?」


「ち、違っ……! そういう意味じゃなくて……!」


「じゃあ、心配?」


「っ……」


 流川さんは暗い顔をせず、あくまでも明るいまま問いかけてくる。


 目が訴えることは無くても、口元で彼女の感情がなんとなくわかった。


 努めてそうしてくれているのか、それとも元からそうだったのか。


 改めて、流川星乃がどれだけ明るく、接しやすい人だったのか、思い知る。


 光り輝いていた。


「……心配……だね。やっぱり。体の不自由な君に、僕が偉そうに身を預けていいのかわからない。心配だよ」


「ほうほう。なるほどなるほど。じゃ、おいで? どうぞどうぞ~?」


「……あの、話聞いてた?」


 頬が引きつってしまう。


 絶対今、僕の話を聞いてたくせに、流川さんはそれを無視して自分の太ももを軽く叩いていた。


「ごめんね、スカートじゃなくて。夜間学校に行ってる時は制服着るようにしてるんだけど、家じゃやっぱりズボンの方が楽でさ」


「別にそこ謝らなくてもいいから……。ズボンでも、スカートでも、流川さんは流川さんなんだし」


「あらら~、モテセリフ~。共がそんなこと言ってくれるなんて、私が鍛えたおかげかな~?」


「さあね。そうなんじゃない?」


「ふふっ。塩対応なのは塩対応なんだけどね~」


 言って、彼女は自分の太ももをもう一度叩く。


「私は大丈夫だから、膝枕。こっち来て?」


「……っ」


「これは私からのお願い。膝枕、させて?」


「……でも……」


「お願い。共を感じさせて欲しいんだ」


 言い方だ。


 その言い方は、捉えようによっては良くない気がする。


 でも、僕もそんなことをもう一々口にはしなかった。


 流川さんだって変な意味で言ってるわけじゃない。


 心の底から、僕を大切に想ったうえで言ってくれている。


 気持ちが温かくなった。


「……なら、ちょっと失礼……します」


「うん。来て?」


「っ……」


 言われるがまま、僕は彼女の太ももに頭を乗せる。


 体重を預けると、後頭部に柔らかな感触が伝わった。


「……どう? 同級生の女子による膝枕」


「……変な言い方しないでよ……」


「感想、聞かせて?」


 微笑み交じりの流川さんは、僕をからかうようにして問うてきた。


 目が見えない。


 それでも、僕は彼女から視線を逸らし、


「……温かい。これ以上の膝枕ができる人、いないと思うくらい」


「っ……」


 本音だ。


 でも、その本音がちょっと気持ち悪かったか、流川さんは押し黙ってしまった。


「あ、えと、その、僕……」


「……ふふっ」


「あ、あの、流川さん……?」


「ふふふっ……ふふっ……あはははっ!」


「……!」


「あははははっ! やっぱり、共は共だなー! 思ったこと、正直にぶつけてくれるようになった」


「えっ……」


「えーっと……ここか?」


「っぷ……!」


 流川さんの手が俺の鼻と口部分に触れる。


 本来触りたかったところと違ったのか、「ありゃ」と声を出し、何度か僕の顔に触れた後、髪の毛……つまり頭の部分に辿り着いた。


 そこをわしゃわしゃと撫でてくれる。


「嬉しいなぁ。私、共に本音を言ってもらえるような女の子になれたんだ。うふふっ。嬉しい」


「……そりゃ……まあ……流川さんだし……」


「何を言っても問題なしって? うんうん。そうだよ~。私には何を言っても問題ない」


「なんでもってのはあんまり使わない方がいいと思うけど……?」


「ううん。なんでもだよ。なんでも。私の中じゃね、共はお父さんとお母さんよりも色々話せる相手だもん。共も私に対してそうなってくれてるみたい。それが嬉しいんだ」


「……でも、流川さんのお父さんとお母さん、いい人じゃん……?」


「うん。いい人。でも、いつの間にか私自身が遠慮するようになっちゃったから」


「……?」


「親として信頼はしてるし、不満なんて抱くつもりもない。けど、好き勝手に乱暴な本音をぶつけられるかって聞かれたら、そういうわけでもないの」


「……そう……なんだ……?」


 流川さんは僕の真上で頷く。


 それから苦笑いした。


「難しいよね。こういうのって。上手く言えないけど」


「……けど、乱暴な本音ってのが引っかかる。いくら信頼してるからって、僕も君に言えることと言えないことくらいあるよ」


「あはは。それは言葉の綾。乱暴って言っても、あまりに失礼なこととか、ひどい罵倒とかじゃない。包み隠さない本音」


「……?」


「うん。たとえばね?」


 流川さんの手が、そっと自身の口元に添えられる。


 彼女は、こそっと僕に呟いてくれた。


「私、流川星乃は、共のことが好き。こんな病気が無かったら、君ともっと色々な場所に行けたのになぁ」


「っ……!」


「映画館に水族館、花火大会にクリスマス。色々な季節を、君と一緒に歩きたかった」


「……流川……さん……」


「こんな病気……本当に無かったらよかったのにね……」


「………………」


「死んじゃうせいで、縮小していく君の願い事も何一つ叶えられなさそう」


「………………」


「ダメだ……私……ダメダメだ……」


 僕の頬に触れる彼女の手。


 震えるその手に、僕は何も言わずに自分の手を重ねた。


「……それは違う。違うよ」


「……へ?」


 涙に濡れる、流川さんの疑問符。


 僕は、彼女に添えた手へ少しだけ力を入れ、続けた。

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