第38話 流れ星じゃなく、神様
「流川さんにはずっと僕の傍にいて欲しい。本当に、ずっと」
夕暮れが眩しい海岸線沿いの道。
僕は流川さんが乗っている車椅子を押しながら無茶苦茶なお願いをした。
こんなことを言ってしまえば、きっと彼女を苦しめてしまう。
頭ではそれを理解しているのに、出て行く言葉を、お願いを抑えることができなかった。
「………………そっか」
流川さんの短い返し言葉が、緩やかな波の音に流されていく。
申し訳ない思いと、わがままを言ってしまった後悔。
叶えられるはずのない願いをしたってダメなことは、今までの人生で充分すぎるほど学んでいた。
なのに僕は。……僕は。
「共がそう言ってくれて、私は嬉しい」
「……え?」
「ほら、共さ、最初は私に嘘のお願いしか言ってくれなかったじゃん? 全然思っても無いことしか言わなかったっていうか」
「……いや、それは……」
「隠さなくてもいいし、今言ったじゃん。『これが僕の心の底からのお願い』って。大丈夫だよ、私はちゃーんと見抜いてたので」
「……っ」
「うんうん。そっかそっか。そうだよね。嬉しいなぁ。ふふっ」
「……で、でも、あのっ――」
「けど、やっぱりそれは無理だよ」
「……!」
血の気の引く感覚。
流川さんは気丈に振る舞って、前だけ見て続ける。
「私、こんな身だもん。君の傍にずっとい続けて、君を照らし続けるなんてすごいこと、到底できっこない。情けない話だけどね。何でもお願いを叶えてあげる、なんて言ったのにさ」
力なく、自虐的に笑う彼女。
僕はそんな流川さんの言葉を聞き、唇を噛み締める。
それはそうだ。
「……ごめん。情けないのは僕の方だ。流れ星は神様じゃない。わかってたのに、そのうえで無茶なお願いをした。君に縋るように、無責任に」
「……共は謝らないでよ。神様みたいに振舞ってたのは私だから」
「いや。それでも君が神様じゃないのは知ってた。神様は、もっとわがままで、残酷だ。人の生き死にを気まぐれに決めて、運命の幸不幸を適当に決めて、僕たちを見下ろしてる。ひどい奴だ」
「……」
「いっそのこと、僕は流川さんが神様にならないかな、とか思ったりしてた。ずっと明るく輝いてる君が神様になってくれれば、世の中はどれだけ良くなるんだろう。君がたくさん長く生きていれば、きっと皆が幸せになって、それで――」
「ふふっ……! ははっ……! あはははっ!」
「……?」
いきなりだ。
言葉を紡ぐのに必死になっていた僕の熱を冷ますみたいにして、流川さんが笑い出す。
「……流川さん……?」
「ん……ふふふっ……! や、ごめんごめん。さすがは共ってなっちゃって」
「はい……?」
何だそれ。僕、バカにされてるのか?
「バカにしてるわけじゃないよ? そうじゃなくて、やっぱり私たちは似た者同士だと思ったから」
「……ますます意味わかんないよ。流川さん自身も神様になりたいと思ってたとか?」
「ううん。そうじゃない。私は流れ星になるので精一杯」
「……だったらどういう……?」
「……うん」
一つ頷き、彼女は横の方を見やった。
先にあるのは海。
夕暮れの空も、そろそろ夜闇を世界に落とそうとしている。
「流れ星とか、神様とか、元々私はこういうおとぎ話みたいなこと、あんまり人には言えずに過ごしてた。当然だよね。人に話せば『こいつ何言ってるの?』みたいに思われるし。まあ、そもそもあんまり誰かと顔を合わせて会話するとか無いんだけど」
「……」
「でも、共とはそういう会話ができるし、何よりも流れ星とか神様とか言っても意味が通じるもん。似た者同士。似た者同士なんだ」
「……かな?」
「うん。そう。だから、私も考えてた。神様になりたい、まではいかないけど、君とずっと一緒にいられないかなって。ずっと、ずっとね」
「……っ」
「けど、やっぱりそれはおとぎ話。私は死ぬし、誰かに見られ続ける限り、どんどん体の機能は失われていく」
流川さんの声が震え始めた。
僕は、握っていた取っ手の部分へ無意識のうちに力を込める。
「せめて、来世は元気な体で生まれたいな」
「……流川さん……」
「ごめんね……本当にごめん……共。私……君のお願い叶えるって言ったのに」
「そ、そんなこと――」
「目も……段々見えなくなってきちゃった……あはは……」
弱々しく告白する彼女。
僕はたまらず後ろから流川さんの前に移動し、顔を見つめた。
「……ごめん……っ」
何度も謝る流川さんは涙を流している。
その瞳は、いつもと違い、どこか病的に濁っていたのだった。
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