第26話 また、もう一回

 流川さんと電話で話してから、ちょうど一週間が経った。


 僕は彼女に言われた通り森の中に入り、もらった鍵で家の扉を開ける。


 流川さんと一緒に過ごしていた時は、もっと賑やかで楽し気な空気が漂っていたような気がする。


 今は、もう何年も人がいない廃墟のような雰囲気がそこら中を支配していた。


「……早く入らないと。家の中に虫が入るから」


 流川さんによく言われていたことだ。


 この家の中に入る時は、サッと扉を開けて、サッと入る。


 じゃないと、羽虫が電気に集まって居心地が悪くなるから、と。


「流川さんが見てたら怒ってたかも。全然サッと中に入れなかったし」


 独り言ちる。


 自分でもわかった。


 その声に覇気はない。


 当然だ。


 僕は流川さんの寿命を奪っていた。


 何度も何度も、初めてちゃんと見つめ合える人だと思って調子に乗って。


 好きだ、とも言った。


 どれだけ愚かなんだろう。


 どこの世界に相手の命を奪ってまで告白する奴がいるのか。


 おかしいとしか思えない。


 おかしいとしか思えないのに。






 ――♪






 ポケットに入れていたスマホが鳴る。


 SNSの着信音。


 画面を見れば、そこに映し出されていたのは流川さんの名前。




『今から森の中の家に行くよ。待っててね』




 彼女は、こんな僕に対して未だにこうして普通に接してくれる。


 それどころか、願いだって叶えてあげると言ってくれた。


 告白の返事は聞いてない。


 でも、それでよかった。


 これ以上彼女に対して何かを望むことなんてできない。


 僕は、これから先も図々しく流川さんの寿命を奪っていくのだから。






●〇●〇●〇●






 複雑過ぎる思いを抱え、二階に上がり、二人で使っていたベッドに力なく横たわる。


 香るのは洗剤の匂いと、流川さんの匂い。それから、ほのかにする僕の匂い。


 僕と彼女が共存している何かを感じるだけで罪悪感が湧いてくる。


 笑顔でいる流川さんをナイフで刺しているような感覚に陥る。


 僕は気付けば涙を流していた。


 涙を流しながら、痛いのを我慢してくれている流川さんへナイフを突き立て続ける。


「……ごめん……本当に……ごめん……」


 彼女に依存する僕。


 そのくせ、彼女に何も与えられない僕。


 一方的な利己心。


 僕は……。






●〇●〇●〇●






 疲れ果てた僕は眠っていたようだった。


 温かい何かが頬に触れて、そのおかげで薄っすらと目を開ける。




「共……?」




 そこにいたのは以前と何も変わらない流川さんで。


 僕は、弾かれたかのように起き上がるのだった。






●〇●〇●〇●






 砂時計の砂がサラサラと落ちて行く。


 残っている砂は少ない。


 残された時間が少ない。


 じゃあ、考えるべきことは?


 彼女を精一杯幸せにしてあげる。


 それが僕のやるべきことだろう。









【作者コメ】

間話みたいな文量ですが、ラストに向かって走ります。

共君と星乃ちゃんがそれぞれの幸せを掴めるように。

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