第22話 短い呼吸
流川星乃。
彼女と出会ってからの僕の毎日は、明らかに以前よりも明るくなっている。
明日を迎えるのが楽しみで、日曜日を終えるのが本当に惜しくて。
夜間学校の従業を受け、夜のプールで遊んだ後、僕たちは色々な場所へ遊びに行った。
森の中、大きな木の穴の部分に二人で入って話をしたり。
湖で魚を釣ったり、望遠鏡を使って動物を見に行ったり。
どこへ行くにも森の中だったけれど、明るい彼女といれば、それはテーマパークにいるのと変わりがないほど楽しくて。
僕の瞳に映る流川さんはいつだって輝いていた。
流れ星なんかになろうとしなくたって、充分光り輝いていたんだ。
だから。
「君はもう流れ星なんかになろうとしなくてもいいんじゃないかな?」
日曜日の朝。
二人で一緒に入ってるベッドの中。
やや掠れた声で、僕は彼女へ何気なく言った。
流川さんは小さくクスッと笑って、同じように寝起きの掠れた声で返してくれる。
「起きて早々だね。なんか変な夢でも見た? 私がどこかへ行っちゃう夢とか」
「残念ながらそれはしょっちゅうだね。心の底では思ってるのかも。早くどこかへ行かないかな、とか」
「うわ、ひどい。共ってそんなこと言う人だったんだ」
「自分でもびっくりしてる。我ながら強くなったなって」
「ふふっ。私が育てた」
「勝手に育てられてた」
くだらないやり取り。
でも、僕はさっそく嘘をついていた。
流川さんがいなくなる夢を見る理由。
それは、心の奥底でいつも彼女を失うことに対して恐れを抱いているから。
怖くて怖くて仕方ない。
流れ星は、いつの間にか僕の中に留まり続ける月になっていて、僕へ確かな希望と癒しを与え続けてくれていた。
月が無くなれば、きっと生きていけなくなる生き物がいる。
そこから生態系が崩れ、何もかもが崩壊していくんだ。
僕の中でも、おそらくそれと同じ現象が起きる。
僕は救えないくらい流川さんに依存していた。
こんなこと、絶対に彼女へは言えないけれど。
意地とかではなく、それを言うことで逆に彼女を心配させ、彼女の方から離れて行ってしまうかもしれないから。
「……共」
流川さんが小さい声で僕の名前を呼ぶ。
僕は相変わらず掠れた声で返事。
何? と。
「いつか……さ。私のお父さんと……お母さんに……会って欲しい」
「流川さんのお父さんとお母さんに?」
それはまたいきなりだ。
どうして、とは聞けなかった。
そんなことを質問するのは、あまりにもわざとらしい気がしたから。
「会って……仲良くなって欲しいの……。共は……私にとって大切な人だから……」
「……僕にそんな自覚はないよ。君の中の大切な人にまで上り詰められた自信だってない。何もしてないから」
「……ふふふ。何もしてないこと……ないよ。私の傍にいてくれたし、何よりも似た者同士だった。君は唯一無二だよ」
「でた。唯一無二。自信ないよ本当」
「あはは……。自信持って……? 私がそう言ってるんだから……」
ふと思った。
寝起きとはいえ、今日の流川さん、どこか元気がないような気がする。
気のせいだろうか。
「私のお父さんとお母さんはね……とっても私のことを思ってくれてるんだ……。すごく……優しい二人……」
「……いいことだと思う。大切にしてあげて欲しい」
本当に。
「でも……すごく思ってくれるが故に……私をこの家へ住まわせた……。私の病気のこと……思って。もう……誰にも会わせない……って」
「……誰にも会わせない?」
「うん……。体の弱い私は……すぐに誰かと会うと体調を崩しちゃうから……」
「え……」
「でも……共だけは別……。何度会っても……大丈夫だった……。思った通り……」
「……」
「ありがとう……共……。私のわがまま……色々聞いてくれて……」
掠れた声に力が無くなっていってるような気がした。
僕は瞬間的に寒気を覚え、傍にいる彼女の名前を呼ぶ。
流川さん、と。
でも、彼女は。
「……ん? どしたの……共……? 急に大きな声で……」
あっけらかんとして、笑みながら疑問符を浮かべてる。
びっくりした。
一瞬、彼女の身に何か悪いことでも起こったのかと思った。
安心して、僕は布団を目元まで被る。
心配して損した。
「……なんか、最後の別れ言葉みたいに流川さんが言うから……」
「あはは……。最後って……そんなことはないよ……。私たちは出会って……こんなにもたくさん一緒に遊んだんだから……」
「森の中か家に限り、だけどね」
「ふふふ……。ごめん……ごめん……。今度……一緒に遊園地にでも行こっか……。お願いしといて……流れ星に……」
「いいよ別に。僕は遊園地がそこまで好きじゃないし、それに……き、君と遊んでるのも……遊園地で遊んでるのと一緒くらい楽しいから」
返事はなかった。
なんて言っていいのかわからなくさせてしまったかも。
さすがにこれは僕もクサすぎるし、恥ずかしすぎる。
捉えようによっては告白だ。
気軽に言っていいようなセリフじゃない。
「ごめん。何でもない。とりあえずもう一回寝るよ。まだ朝早いし、二度寝しても8時くらいだろうから」
返事はない。
ダメだ。
失言だったのかも。
恥ずかしいのを隠すように目を閉じる。
目を閉じて、何秒か経ったのち、僕はふと上体を起こし、彼女の方を見やった。
「……流川さん……?」
そこに眠る彼女は、あまりにも短い呼吸しかしていなかった。
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