第15話 一緒に夜間学校へ
君はどうして暗い中で授業を。
つまりは、夜間学校へ行っているのか。
僕が率直にそう問うと、予想通りというか何というか、彼女はわかりやすく表情を硬くさせた。
決して敵意のある雰囲気ではないけれど、驚きと困惑と、それから少しの心配みたいな色が彼女の顔に灯る。
視線を右、左へ動かし、やがて僕の方へ戻された瞳は、不自然に顔色を伺うような流川さんの仕草と相まって、不安定に揺れていた。
たぶん珍しいと思う。
流川さんがこんな顔をするのは。
会って間もないけど、普段は楽しそうにニコニコしてるから、きっと珍しいはず。僕は心の内で一人、そんな予想をしてみせる。
「えぇ……。夜間学校のこと、共、誰か先生から話聞いたんだ……」
「マズかった? ……って質問はさすがにわざとらしいよね。うん。聞いた。君のことが知りたくて」
「誰先生? 名前教えて?」
「僕が名前教えてあげて、流川さんはその先生に対して何かするの?」
「しないしない。何もしないよ。ただ、今度の夜間学校の時、その先生に対して怒るだけ。何勝手に喋ってるの、って」
「思い切り何かするつもりなんじゃん。怒るって」
「あ!」
口元を抑え、ハッとする流川さん。
僕は小さくため息をつく。
「ごめん。流川さんが怒るんなら、僕はその先生のことについて話せない。そもそも僕から夜間学校の聞いて先生は話してくれたんだし、先生が自発的に話したわけじゃない。あんまり責めてあげないで欲しいんだ。責めるなら話を聞きに行った僕を責めてくれ」
「共を責める気にはなれないよ。こうして私たちは仲を深め合って目標に向かって突き進む仲をしてるわけだし。私のことが気になって、夜間学校のことについて知ろうとするのは当然だし」
「じゃあ、悪いのはあくまでも僕が聞いて夜間学校のことについて喋った先生ってこと?」
「そういうこと。だって、私のことは学校の誰にも話さないって約束してるはずなんだもん。校長先生と」
「校長先生と、か……」
「となると、クビですよ。クビ。勝手に喋っちゃいけないことを喋ったんだから」
流川さんに言われ、僕は的山先生の言葉を思い出していた。
いつまでもその人が傍に居続けてくれるわけじゃない。
なるほどだ。
あの発言はもしかするとこうなることを見越しての伏線だったのかも。
僕は生唾を飲み込み、どうにかして的山先生を守らなければ、と意志を固くさせる。
「流川さん、その――」
「なんてね。冗談。クビなんてなることないし、夜間学校についてその先生が喋ったってのも実際のところ私は気にしてないよ」
「え……?」
本当だろうか。
信じ難い。
「夜間学校で私に授業してくれる先生たちは、皆私のことに理解示してくれてる先生ばかりだから。私は全員信用してる。きっと話していいことと悪いこと、その両方を理解してること間違いなしだし」
「そうなの?」
「うん。そう。じゃないとこんな私のためだけにあんな遅い時間に授業してくれないよ。普通の先生は気味悪がるし、面倒くさいって言って放棄するもん。普通の先生はね」
「なんかその言い方だと明らかに的山先生がまともじゃないみたいな感じだね」
言って、僕は反射的に口を手で抑える。
流川さんはニタっと笑った。
「なるほどね。的山先生か、共に夜間学校のこと話したの」
「い、いや、その、ゴホゴホ」
「今さら誤魔化したって遅いからね? もう答えは出ちゃったから」
マズい。どうにかして誤魔化さないと。でももう意味ないって。
一人で焦っていると、流川さんは笑み交じりでため息をついた。
「けど、言われて何となくわかった。的山先生なら言いがち、みたいな」
「え」
「あ、別に口が軽そうとか、そういう悪いイメージ持ってたわけじゃないよ? そうじゃなくて、あの人は特に先生の中でも優しいから」
「……それは……まあ確かに」
こんな僕の話を真剣に聞いてくれる。
大抵の人はつまらない奴、と会話する前から僕を遠ざけるのに。
「知ってる? 社会科担当なのにさ、私が数学教えてって言ったら数学教えてくれるんだよ? 慣れない感じで(笑)」
「それ先生も言ってた。困った子だって」
「あははっ! そんなこと言ってたんだ的山先生。ひどー(笑)」
「どっちが。数学教えてって頼む方もだいぶキツイこと言ってると思うけど」
「ふふふっ。まあ、それもそっか」
流川さんは付け加えるように言う。
教壇のところで教科書と格闘しながら教えてくれる数学がいいのだ、と。
何がいいんだか。
あんまりだ。的山先生に同情する。
「ねえ、共?」
「何? 改まって」
彼女は少しばかり身を乗り出し、僕の方へ顔を近付けてきながら言う。
「共もさ、今度夜間学校行ってみる?」
「え? ぼ、僕が?」
「良くない? きっと楽しいよ? 私、いつも一人でもすっごく楽しいから。夜間学校の授業」
「え、えぇ……?」
にしてもいきなり過ぎる提案だ。
僕はとっさに考える仕草をしてみせるけど、頭の中で冷静に考えて、なんてしていない。ただ困惑し、迷ってるだけだった。そんなの許されるのか、と。
「一応言っとくけど、たぶん共が何も言わずに黙ってたら先生たちは気付かないと思う。だって、文字通り夜の授業だし、教室の中は真っ暗だから」
「で、でも、授業だからちゃんと受けないといけないんじゃ?」
「いいのいいの。難しいことは無し。楽しいから、一緒に行ってみよ? ね?」
「ね、って……」
もしバレたらどうするつもりだろう。
何か事情のある流川さん専用のクラスだってのに。
「はいっ。じゃあ決定ね。次の夜間学校、来週の水曜日にあるからその日の夜二十一時に学校集合。おーけー?」
「ちょ、ほ、本気?」
「本気本気! それにね――」
この夜間学校で、共は私の秘密が知れるかもしれないよ?
流川さんはソファから立ち上がり、伸びをしながら言う。
彼女の秘密。
それを聞き、僕は手のひら返しのように夜間学校へ興味を抱いていた。
「なら、水曜日は――」
流川さんがそうやってセリフを続けようとした矢先だ。
不意にインターフォンの音が部屋に鳴り響く。
僕は当然ギョッとしたけど、もっと動揺していたのは流川さんだ。
見たことのない顔で玄関先を見やっている。
この家のインターフォンが鳴るなんてことあるんだ。
「流川さん、いったい誰が……?」
「……お父さんとお母さん……」
「……え……?」
「お父さんとお母さんが来た……! 何で……!? え、えぇ……や、やばっ……! 共、ちょっと隠れて!」
「えぇ!?」
「早く! 玄関に出してる靴も持って!」
凄い剣幕で言われ、僕は彼女の言うことを聞くしかなかった。
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