第14話 五日ぶりのおうち

 平日の月曜から金曜までの五日間は相変わらず長く感じた。


 いつも通り昼間は学校で空虚な日常を過ごし、夕方になれば家へ帰る。


 家に帰れば、母さんにその日あった嫌なことへの八つ当たりをされる。


 罵倒され、時には物を投げられ、いつものように死んでもしまえばいい、と言われる。


 言われなくてもそうするつもりだった。


 森の中で首を吊るのも良かったし、あの大きい湖の中へ入ってしまうのも良かった。


 でも、それをしなかったのは、土曜と日曜に流川さんに会うためだ。


 その二日間だけ、彼女は僕と会うことを許してくれた。



 いや、違う。


 許してくれたというよりは、頼まれたという方が正しい。


『生きてるうちは君にも生活があるから。周りの人を心配させちゃダメだよ?』


 と。


 彼女は僕にそう言った。


 つまるところ、休みの日にだけ会いに来ていい、平日はちゃんと学校へ行け、ということだ。


 ごもっとも。


 ごもっともだけど、本当のところ、僕はもうまともな生活なんて送る気が無かったんだ。


 森の中で生活している彼女が、その願望通り流れ星みたいな凄い存在になれるよう手伝う。


 それだけに終始する生き方で良かった。


 そしたらきっと僕は行方不明扱いになって捜索願でも出されて探されるのかわからないけど、そうなったらそうなったでよかったし、もう何でもよかった。どうでもよかった。


 とにかく、死のうとした瞬間を邪魔した、流川星乃という不思議な女の子の実態を知る。


 僕の生きがいはただそれだけ。


 本当にもうそれだけだ。


 だから――






「……どうも」






 土曜日の朝八時頃。


 僕はさっそく森の中にある流川さんの家を訪れていた。


 出迎えてくれた彼女はにんまりといたずらっぽい笑みを浮かべる。


 それを見て僕は照れくさくなり、慌てて目を逸らした。頭も軽く掻く。


「んっふふっ。どうもどうも~。えへへっ。おはよ、共。五日ぶり」


「……う、うん」


「どうだった? 私と会えない五日間は寂しかった?」


「え。い、いや、別にそんなこと……」


「あははっ! はい、寂しかったの確定。寂しくなかったらきっぱり『寂しくない』って言ってると思うので、共なら」


「べ、別にそんなこと……! 確定は言い過ぎ。確定ではない」


「え~? じゃあじゃあ、九割くらい?」


 からかうように顔を近付けながら問うてくる流川さん。


 僕は自分の顔が赤くなってるのを感じつつ、それでも目線を逸らして、首を横に振った。


「きゅ、九割も言い過ぎ! せめて…………さ、三割くらい」


「………………(笑)」


 無言のまま凄いニヤニヤ顔。


 自分で自分の言ったセリフを呪った。


 三割って結構だ。


 流川さんも『結構じゃん』みたいな顔をしてる。


「でっ、い、いや、その……」


「はいはいっ。まあままね~、共の寂しがり屋な面も知れたというところで、中へどうぞどうぞ~」


「っ……」


「私の家の中の空気吸ってないとウサギみたいに寂し死しちゃうかもだから」


 寂し死って何だそれ……。


 ツッコむも、恥ずかしいことを言ったダメージのせいで小声になり過ぎていた。流川さんには聞こえていない。


 気まずいが、僕は彼女に誘導されて家の中へ入る。


 前来た時とあまり変わっていない。


 変わっているところと言えば、ソファの近くにあるテーブルの上に開けっ放しにされたスナック菓子の袋があるところだけだろうか。


「そんじゃ、この土日も共のお願いを叶えるために私頑張っちゃおっかな。まずは何したい? ダラダラ? それとも、どっかお出掛けする?」


「……僕、今来たばっかだから……」


「ということは、家の中でダラダラしたい、と」


「まあ、とりあえずは家の中で話とかしたいかなって」


「お菓子でも食べながらね」


「ああいうお菓子、前にあったっけ?」


「無かったよ。昨日お父さんが持って来てくれた」


 お父さん。


 彼女の口から出るその言葉は、妙に新鮮さを感じさせてくれた。


「……お父さんいたんだ」


「えぇ? いるよ?」


 返され、ドキッとする。


 自分でも気づかないうちに失礼とも取れる言葉を口にしていた。


「ていうか、前言わなかったっけ? お父さんとお母さんのこと。二人ともいるって」


「あ、う、うん。そうだ。そうだった。僕はいったい何を……」


「ちょっと共、しっかりして~」


 ニヤニヤしながら僕のことを肘で軽く突いてくる流川さん。


 僕は苦笑いしながら、さっきと同じように頭を軽く掻く。


 不思議な新鮮さが僕にそう言わせていた。


「お父さんとお母さんはね、事前にここへ来る前に私へ連絡を入れて、それから来てくれるんだ。料理を作るための食材とか、お菓子とか、色々嗜好品とか本とか、必要なもの全部を持って来て」


「必要なものを全部……」


「そうそう。その一つがあのお菓子だったってわけ。いやー、久しぶりに食べたから美味しくてつい、ね。ああいうだらしない感じに。許して?」


「い、いや、いいよ。大丈夫。許すも許さないもない。ここは流川さんの家だし」


 僕は勝手に上がり込んでるだけだ。


 その言葉を付け加えた。


 すると彼女は柔らかい笑みを浮かべる。


 そっか。それならよかった。


 言われ、僕は頷いた。否定をする権利なんてない。


「……でも。ごめん。一つだけ……いいかな?」


「ん? 何々? どうかした?」


 僕が問いかけ、流川さんが聞き返してくる。


 聞き返しながら、僕の手を引っ張ってソファへ誘導してくれた。


 ここに座ってゆっくり話そうとのこと。


 僕は腰を下ろして続けた。


「夜間学校」


「……え?」


「夜間学校のことについて、少し詳しく聞いた。とある先生から」


「……」


 ――へぇ。


 僕をジッと見つめた後、ぽつりと零れ落ちる流川さんの一言。


 それを皮切りに、僕はさらに突っ込んだことを聞く。


「君はどうして暗い中で授業を受けているの?」

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