第10話 同じ学校

「でも、さっきのこと。僕は流川さんのわがままに付き合わさせられてるなんて感覚、あんまりないよ」


 弁当を食べ終えて。


 僕は片付けの最中になってから、ぽつりと呟くようにそう言った。


 流川さんは湖の方を眺めながら、自分の弁当箱を巾着袋の中に入れているところだ。


 僕のセリフを受けて、彼女は僕の方へ視線を移動させる。


 それからやや首を傾げ、微笑しながら返してきた。


「いきなりだね。湖見てたら何か色々考えちゃった?」


「そういう訳でもないかな。綺麗なのは綺麗だと思うけど。水も澄んでてさ」


「ね。綺麗だよね」


 流川さんは一つ息を吐く。


 それがため息じゃないことくらい僕にもわかる。


「ときどき思うんだ。この湖がどういう風に作られたのか」


「結構考えてるんだね。この湖のこと。ときどきって」


 声のトーンは変えず、けれども少し意外そうに僕が言うと、彼女は若干テンション高めに返してくる。


「そりゃそうだよ。私の住んでる場所はこの森で、町の方にも出られないし、娯楽といえば家でゲームをすることとか、絵を描いたりすることとか、こうして森の中を散策することだもん。他にやることと言えば、学校から出される課題をすることくらい」


「学校行ってるんだ」


「行ってるよ! 何、もしかして私のこと自宅警備員か何かだと思ってた!?」


「いや、自宅じゃなく、この森の守り人か何かかと」


「何そのファンタジー小説に出てきそうな設定! 完全にバカにしてたんじゃん! んもう、失礼しちゃうなぁ共は!」


 わざとらしく腕を組み、頬を膨らませる流川さん。


 別にバカにしてたわけじゃない。


 なぜかこの人のことがただの人間のように思えなかっただけで。


 流れ星に憧れてて、その影響から、出会ったばかりの僕のお願いを何でも聞き入れようとしてくる感じが何かの女神様みたいだったから。


「私は普通の人間で、普通の女子高校生なんだからね。共と同じ。共も高校生でしょ? どこの高校に通ってるの?」


「学校名訊いてくるんだ。今さら感凄いな」


「別にいいじゃん。今さらでも何でもないよ」


 力なく苦笑する。


 それから彼女の要望に応えた。


「東川西高校。何でもないただの県立だよ」


「え。私と一緒じゃん」


「……え?」


 嘘だろ。


 耳を疑った。


「私も東川西の生徒。すっごい偶然。共もそこの生徒だったんだ。同い年だから、同学年だよね?」


「え……そ、それは……まあ……」


「えぇ~。奇跡だよ奇跡。こうして割と縁深かった人と森の中で出会えるなんて。普段は全然ここまで来る人いないのに。すごいね、なんか」


「すごいっていうか……ちょっと待って」


「うん。待つ待つ。いくらでも待ちます」


「同じ学年に『流川』なんて名字の人、一人もいなかった気がする。もちろん僕の確認不足ってことも考えられるけど」


「あはは。じゃあ、それは確認不足なだけだよ。私は東川西高校の生徒だし、間違いもないし」


「っ……」


「だけど、仕方ないかなって思う部分ももちろんあるんだ」


「……?」


 微笑を浮かべたままの彼女は弁当を片付け終え、風に流れる髪の毛を手で抑えながら続けた。


「夜間学校って言葉、聞いたことある?」


「……聞いたことある」


「私、それの利用者なんだ。唯一の利用者」


 また、風が強く吹き付ける。


 今年の春の風は、どうやら僕に変わったものを色々と送ってくれるみたいだ。

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