第9話 誤魔化しと食欲

「さてと、じゃあこの辺りでいいかな」


 隣を歩いていた流川さんが言い、僕は足を止める。


 やって来たのは、例の湖がある場所。


 家を出た段階からどこへ行くかはお楽しみに、と言われていたが、まさか昼くらいの時間帯にここへ来る羽目になるなんて。


 僕はその場にレジャーシートを敷いて座ろうとしていた彼女を横目に、どこか引きつった笑みを浮かべるしかない。


 どうしてここを選んだんだろう、と思いながら。


「さあさあ、共もここに座って? 私と一緒にお弁当食べようよ。お腹空いてるでしょ?」


「……あぁ、うん。ありがとう」


 礼をしつつ、とりあえず僕は言われた通りシートの上へ靴を脱いで座る。


 そして、彼女から弁当を受け取る……のだが、僕に弁当を渡してくれた直後、流川さんは不思議そうに首を傾げてみせた。


「どうかした? なんか腑に落ちないような表情ですけど」


「ん……。腑に落ちないってことはないかな。そういうのは落とそうと思えば落とせるものだし、もう習慣的にどんなことでも落とすよう訓練を受けてるから」


 言うや否や、流川さんは僕の方に顔をズイっと近寄せてきた。


 いつもだ。びっくりするからやめて欲しい。


 僕は上体を少しばかり後退させて問う。


「どうかした?」と。


「どうかした、って訊いてたのは私だよ? 共、なんか言い回しが面倒くさくなってる。絶対何か言いたいことあるし、思ってることあるよね?」


「え。それはその、別に」


「はい嘘。いいから話しなよ? 私と共の仲じゃん」


 そういうのって十年来くらいの友人同士じゃないと有効にならない言い回しのような気がする。


 ただ、気がするのは気がするだけで、僕はそんなことを流川さんに言うつもりはない。余計に状況がややこしくなって、話が二転三転しそうだから。


「別に大したことじゃないよ。この場所で弁当食べるんだ、って思っただけで」


 僕がそう言うと、彼女はやれやれ、とばかりに首を横に振りながら返してきた。


「まあ、一応私たちが出会った場所ですし。この森の中でいい景色を見ながらってなるとどうしてもここになりがちだよね」


「前半の僕たちが出会った場所だからってところ、こじつけ感がすごかったな」


「そんなわけないじゃん? 出会って一日記念だし、こじつけ感なんて微塵も出してはおりません。心の底からの本音です」


「なぜいきなり敬語?」


「それはもう、本音だから」


「なら、今まで砕けた口調で言ってたことは全部本音じゃないということに……」


 言いかけたところで、流川さんが横から僕の頭へチョップを入れてくる。


「共、君は陰謀論信者か何かかい?」


「いえ。別にそういうわけでは」


「なら、変な妄想は今すぐやめるように。こじつけでも何でもありませんので」


 言われ、僕は素直に了承。


 けれど、それはあくまでも表向きだ。


 僕と出会ってからたった一日で、何を記念することがあるのか。


 記念というのはめでたい時に称するものだと思うし、それじゃあ彼女が僕と出会えて嬉しかったと暗に言ってるようなものだ。


 僕にそこまでの価値はない。


 もしも僕に勝ちを見出しているのなら、それは確実に判断を誤ってる。


 その誤りを今すぐにでも訂正しないと。


 けれど、僕の体は、口は、それをしようとしなかった。


 ビビってる。


 判断ミスであることを理解し、僕の価値なんてない、と流川さんが断定づけることを。


 面倒な人間だ。僕は。


「まあ、そんな面倒な話は置いといてさ、とりあえず早くお弁当食べようよ。共もお腹空いてるでしょ? さっきも訊いたけど」


「……うん。空いてる」


「でしょでしょ? お願いしてくれれば私が『あーん』しながら食べさせてあげるからね?」


「いや、それはいいから」


「別に我慢しなくてもいいんだぞ? 共のお願いは生きてて良かったと思える体験をさせて欲しいってことだから。私はそのためなら惜しむことなく尽力するし」


「惜しむことなくって……」


 いくら何でもご奉仕願望が強すぎる。


 彼女はそんな僕の思いを見透かすかのように、笑顔で頷いた。


「うんっ。それが私の願いだから。共の願いを叶えてあげること」


 気恥ずかしくなった。


 一点の曇りもなく言い切る流川さんがあまりにも眩しく見えて。改めて僕なんかにどうしてそんな思いを抱いてくれるのか気になって。


 ただ、僕が本当の部分を隠しているように、彼女にもそれを隠す権利があったから。


 僕は追及することなく、その気恥ずかしさから逃れるように、そそくさと弁当箱の蓋を開ける。


 ふわりと香るいい匂いが食欲をより一層掻き立ててきた。


 誤魔化しと食欲。


 その二つに頼り、僕はおにぎりにかぶりつく。


 流川さんはそれを見て、クスッと笑った。


 彼女もまた、僕と同じようにおにぎりに口を付けた。


「ねえ、共?」


 咀嚼しながら、流川さんが僕の名前を呼んでくる。


「何?」


 返した。


 彼女は続けてくる。


「もっと私に対してわがままになってもいいからね?」


「え?」


「私は私で、すごいわがままに付き合わせてるから。共のこと」


 理解はできなかった。その言葉の意味を。


 すぐにどういうことか訊き返そうかと思ったが、僕はぐるぐると考えた結果、それをやめた。


 もしかすると、これは彼女が隠したいことの一つなのかもしれない。


 いや、きっとそうだ。


 そう思ったから。


 僕はそのセリフについて深く訊くことはなく、ウインナーを口にしながら返した。


「うん」と。


 一つ頷いて。

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